第6話00000110 新人
校内は女子のあいだでも好みの分かれるパステル調のクロスが貼られていた。
なんの罪もない壁紙はいつも冷ややかな視線を浴びている。
私立アザミ女子高等学校は理事長が金に物をいわせて校舎の改築工事をすることが常態化していた。
この内装が不評なことを理事長は知るよしもない。
優柔不断で自分の選択に自信がないためセールストークに弱く流行にも
それでいながら完成したモノにはいつも満足している変わった人物だ。
(なんかメルヘン感がスゴい……)
黒木は周囲に視線を散らした。
だがそれとは真逆で校内イントラネットは秀逸だった。
各教室の前後の扉の前にはゲートシステムがあり、生徒手帳をかざすと出欠登録ができるようになっている。
手帳そのものが
これは神野が独自で構築したシステムでほかにも防犯カメラの不審者自動探知機能や死角を軽減するスイッチングシステムなども作りあげた実績がある。
神野はむかしからITスキルが高く、学校の防犯に大きく貢献していた。
朝から出席、午後から早退など、何時間目にどの教室でどんな授業を受けていたのかがすぐデータとして記録できるため、点呼を省略できるのは学校側と教師にとってはこの上ない利点だ。
仮に一日の出欠確認を六教科分で三分ロスをなくせるとしたら、十八分を他の授業に割り当てることができる。
それを週五日で計算すると九十分、一ヶ月ならば三百六十分、六時間を別に使えるのだ。
塵も積もれば山となるで、日々、出欠確認に費やす時間は侮れない。
そのシステムはとりわけ生徒に人気で生徒手帳をアレンジすることがアザミ高校ではひとつのファッションになっていた。
オーダーメイドの制服といいこのゲートシステムといい、どこかの研究所のような設備に時代の先端にいると錯覚する生徒も多い。
神野は理事長から給料以外の金銭的な対価を得ずに趣味の延長として、さまざまな技術を快く提供している。
フリープログラマーとして独立できるほどの知識と技術を有する神野はアザミ高校には欠かせない人物だった。
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黒木は左肩に掛け直したトートバッグの持ち手が肩にズンズンくいこんでくるのを感じる。
なぜそれほどの重さがあるのか、それは今日のためにと資料用書籍をこれでもかというほど買い込んできたからだ。
元来より真面目な黒木は書籍類の取捨選択をしたにもかかわらずに、ある一定のところからは書籍類の選別ができずにバッグに入るだけ詰め込んだ。
黒木はまたトードバッグを左肩からはずして逆側にかけ直すと、今度は右肩がずんと沈んだ。
わずかではあるがタブレット分の重さも黒木の右肩に圧し掛かっている。
(数学の参考資料多すぎたかな~?)
新人らしく
「おはようございます!!」
一礼するとバックの重みが黒木の体を前方へと引き寄せた。
黒木は突然、足元が坂道になったように急激に重心が傾き太ももと爪先に力を込めてなんとか耐えた。
(あっ、あぶない)
これが実習だとしても教師への第一歩。
職員室特有の匂いが――ようこそ。というように黒木の鼻孔をくすぐった。
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