第5話00000101 散水

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《一年C組 クラス名簿》 あいうえお順 (ヨミガナ) 計二十五名


担任 高田 美津子 (タカダ ミツコ)


1、阿部 飛鳥   (アベ  アスカ)

2、伊藤 咲    (イトウ  サキ)

3、上野 陽菜   (ウエノ  ヒナ)

4、風間 明日香  (カザマ  アスカ)

5、鎌田 美穂   (カマタ  ミホ)

6、木下 裕美   (キノシタ ユミ)

7、工藤 真理    (クドウ  マリ)

8、斉藤 セイラ  (サイトウ セイラ)

9、澄田 雅    (スミダ  ミヤビ)

10、滝川 唯   (タキガワ ユイ)

11、筒井 凛   (ツツイ  リン)

12、中山 麻奈美 (ナカヤマ マナミ)

13、根元 愛美  (ネモト  マナミ)

14、速水 薫   (ハヤミ  カオル)

15、平山 忍   (ヒラヤマ シノブ)

16、細田 七海  (ホソダ  ナナミ)

17、前田 美紗緒 (マエダ  ミサオ)

18、三浦 希   (ミウラ  ノゾミ)

19、岬 カンナ  (ミサキ  カンナ)

20、水木 葵   (ミズキ  アオイ)

21、三浦 サツキ (ミツウラ サツキ)

22、武藤 千尋  (ムトウ  チヒロ)

23、山下 桜   (ヤマシタ サクラ)

24、山本 茜   (ヤマモト アカネ)

25、渡辺 舞   (ワタナベ マイ)


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「うわ~これが私の担当クラスなんですね?」


 黒木は教育実習という限られた期間でも生徒たちと触れ合えることが嬉しかった。

 その夢がいつ生まれたのかは定かではなかったが自分は母校に戻って後輩と触れ合う目標がどこかで芽生えた。


 タブレットの画面は仕様のためにクラス一覧の上半分だけ表示されている。

 黒木は指の先で画面を素早くスライドさせると出席番号十三より下の画面が現れた。

 黒木の喜びは体外にまで溢れ満面の笑みを浮かべる。


 「楽しみぃ~!!」


 黒木の柔和な声のトーンまでが上がった。

 黒木はこんなふうにハキハキとした声で出席をとろうと思い胸のなかで出席番号の一番から黙読をはじめる。


 ――出席番号一番、アベアスカさん。出席番号二番、イトウサキさん――


 「これが一年C組の二十五名です。生徒名をタップすると詳細情報を確認できますから氏名は覚えておいて損はないと思いますよ。あとの細かいことは担任と打ち合わせしてくださいね?」

 

 「はい!!」


 黒木の声はなおも弾む、それを神野は真正面で受ける。


 ――出席番号八番、サイトウセイラさん。出席番号九番、スミダミヤビさん。


 「C組の担任は高田先生ですから」


 「わかりました。高田先生か~。どんなかたなんですか?」


 (なんとなく懐かしいような響き……あっ、でも、高田ってよくある名字か?)


 黒木はしだいに神野に打ち解け見ず知らずだった男性への警戒心が薄れてきたようだった。


 「高田先生は教師のかがみみたいな人ですよ。えっと、今朝はまだきてないかな~?」

 

 神野は人ごみのなかで知り合いをさがすような仕草をみせた。

 頭をゆっくりと左右に振ってまだ校舎を眺めている。


 「私、そんな先生に憧れます!!」


 声高にはしゃぐ黒木の五メートルほど前方でごつんと鈍い音がした。

 音と一緒に――あっ。と神野も声をあげる。


 「いま扉に頭をぶつけた人です。ちょうど出勤してきたみたいです」


 神野が苦笑いしながら指さした。

 黒木は目を広げて驚いている。


 「えっ!?」


 高田は自分の額に手をあててこんなところに扉があったのというふうにちらりと玄関を見渡しそっと扉に手をかけた。

 扉はすぐに、ぐわんと開かれた。


 「えっと、あの、ご年配の先生ですか?」


 「そこまででもないんですけどね。高田先生は生徒のことになると周りが見えなく・・・・なるんです」


 「とても生徒想いの先生なんですね~。自分で開いた扉に頭をぶつけるほど生徒の

ことを考えているなんて。私も頑張ります!!」


 黒木は本物・・の教師を目の当たりにしたことでさらにモチベーションをたぎらせた。

 自分もいつも生徒のことを考えて生徒を守れる教師になりたい、と。

 黒木はその場の雰囲気と高揚感からとうとつにあることを訊く。


 「ところで神野さん。女子高って男性がすくないからモテるんじゃないですか?」


 黒木からためらいなく発せられた言葉。

 どうしてそんなことを訊いたのか自分でもわからない。

 どうしても訊くべき質問だったわけでもない。

 それでもなぜだかポンと口からでてしまった。


 「いえいえ。ぜんぜん。雑務ばっかりの毎日ですよ!!」


 神野は身振り手振りでオーバーに否定し、黒木の視線から逃れようとわざと空を見上げた。

 だが上空にはなんの異常もなく黒木は空空そらぞらしく思う。

 

 神野が見上げた場所には花壇を見下ろす複数の女子生徒たちがいる。

 黒木が質問を投げかけたのはそういうことだった。

 無意識に神野を見つめる彼女たちの存在にきづいていたからだ。


 「え~本当ですか?」


 「本当ですよ~。毎日毎日ゴミ処理です!!」


 神野は柔らかな声で照れると、ふたたび黒木に視線を戻して屈託なく微笑んだ。

 神野の一挙手一投足に対してリアクションする女子生徒は現在進行形で増えている。

 黒木はいま生徒たちにどう思われているのか気が気ではなく心のひやりを抑え込むのに必死だ。


 「……そういえば黒木先生って学生結婚ですか?」


 「あっ、は、はい。そうですけど。どうして知ってらっしゃるんですか?」


 「僕、経理、雑務も担当していまして……扶養ふように入られていたのでそうなのかな~と……。すみません。個人情報なのに」


 「あっ、なるほど。もしかして神野さんもご結婚を?」


 黒木はいったそばからその言葉をすぐに引っ込めたかった。

 なぜなら神野の佇まいには既婚者特有のそれがなかったからだ。

 なにより女子生徒が向ける視線にもそういうもの・・・・・・がないこともわかっていた。


 「いえいえ。婚約者はいますけど。結婚はまだまだ先ですね。やりたいこともありますし」


 神野はバツが悪そうにふたたび身振り手振りで否定した。

 「婚約者」この一言を他の生徒が聞いたらどう思うだろう。

 黒木はやはり心中穏やかになれなかった。


 こんな言葉だけで誰かの人生を変えてしまうこともあろだろう。

 それでも気になってしまう神野の婚約者とはいったいどんな人なのかと。

 この学校に似つかわしくないこの人はいったいどんな人を好きになるのだろうかと。


 「へ~そうなんですか。差し支えなければどんなかたか訊いてもいいですか?」


 「幼馴染なんですけど……腐れ縁で切っても切れないんですよ。あっ、すみません、ちょっと」


 神野は思いだしたように腕時計に目をやった。

 すこしだけわざとらしさが見え隠れして、黒木ははぐらかされたと思った、が、ただの照れ隠しなだけでそれも仕方がないかと思う。

 

 教育自習にきた初日の朝から自分はなぜこんな女子高生のような恋の話をしているかと思いながら、でもここは女子高だと苦笑いする。

 黒木も神野が手首にしている腕時計のインデックスを眺めた。

 しっかりと手首にフィットしたそれ・・はとても成人男性が日常で使用するとは思えない黒のプラスチックの時計だった。

 

 まるで小学生がお小遣いを貯めてプレゼントしたようなシンプルな文字盤だけのデザインの腕時計。

 黒木は年季の入った時計のボディと傷のあるバンドがモードテイストの神野にあまりに不釣り合いで釘づけになっていた。

 

 ただ、これもそういうファッションなのかもしれないと思い直す。

 神野の腕時計が安い音を立ててまた一歩進んだ。


 「僕はこれから花壇の水やりがあるので失礼します」


 神野は黒木に深々とお辞儀をしてから職員玄関に背を向けた。

 黒木はつぎの会話をしようしていた手前、口が「あ」の形で止まっている。

 

 「あ」のつぎは「の」につづくはずだった。

 その口元をなんでもない形に戻し――えっ、あっ、はい。では私も職員室で挨拶をしてきます。と返した。


 黒木は神野の態度がなんだか急にそっけなくなったよう感じた。

 ただ、ここでずっと立ち話をしているわけにもいかないと心を改める。

 やはりそれが学生と社会人の違いなのかと黒木も職員玄関へと体をひるがえした。


 我に返った黒木は手のひらのタブレットをもう一度、眺める。

 心のなかで途中まで出欠確認していた生徒の出席番号と名前をふたたび黙読する。


 ――出席番号十七番、マエダミサオさん。出席番号十八番、ミウラノゾミさん。出席番号十九番、ミサキカンナさん。出席番号二十番、ミズキアオイさん。出席番号二十一番、ミツウラサツキさん。――


 神野は習慣化した仕事のため水やりの準備をすぐに終えた。

 一分も経たないうちにホースから水が勢いよく噴きだしてきた。

 神野は手入れの行き届いた薊の花壇に向かって散水用ホースを左右にゆっくりと振っている。

 神野がホースの先端を指先で潰すと水が霧状になった。

 

 細やかでリズミカルな動きが長年の経験を物語っている。

 神野は花壇の左端から水をまんべんなく撒いていく。

 手元がじょじょに右へと移動していくと薊の花たちは息を吹き返したように水で潤っていった。

 薊の花弁からポタポタと水が滴っていて花たちの生命力が溢れている。


 黒木はいまだその場から動くことはなくタブレットを操作していていまなお教師気分に浸っていた。

 心のなかの出欠確認もついにクラス最後のひとりとなった。


 ――出席番号二十五番、ワタナベマイさん。以上一年C組、二十五名、全員出席です。――


 空想の点呼が終わったところで黒木はふとある光景に目を奪われた。

 なんとなく神野の手元を逆になぞっていく。


 焼却炉の後部に併設された二メートルほどの円柱缶からハメ込み式ホースが伸びていた。

 一般的な焼却炉と円柱缶が一体化しているめずらしい設備だ。


 (焼却炉のうしろから水が出てる。……火事とかになったらすぐに消火できるからかな?)


 黒木はそんな特殊な設備を深く印象に刻んだ。


 (あっ、焼却炉もあの缶も校舎とくっついてるんだ~? どんな構造してるんだろ。不思議?)


 校舎からは避難訓練で使用する滑り台のようなものが出ていてそれが円柱缶と直結している。

 円柱缶はアスファルトの地面を突き破り地下に根を張っているようだった。


 それも相当地中深くに埋められているだろうと簡単に想像できた。

 俯瞰ふかんで眺めると校舎から飛びでた滑り台が円柱缶に接着していて円柱缶は焼却炉の後部と一体化している。


 役目は焼却炉だとしてもなにか小さな別設備を想起させた。

 もちろん神野はその設備がなんなのか熟知したうえで花壇に水を撒いている。


 対称的に黒木はその仕組みがさっぱり理解できなかったが、いまここでそれを理解するよりも、早く学校に馴染もうとトートバッグのなかにタブレットを入れた。


 黒木は職員玄関を颯爽さっそうと開く。

 分厚いガラスに残っていた高田がぶつかった楕円形の脂跡あぶらあとに目をやる。

 高田が残していった忘れ物を見て一言――痛そう。と呟いた。

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