01010011・01100011 01101001 01110010 01100011 01101100 01100101/神の配剤

ネームレス

第1話00000001 ペリオディック・テーブル カース

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『ペリオディック・テーブル カース』


ひとつ、周期表の上部に呪う相手の写真を貼る。


ひとつ、表のどこかに血判を押す。(血液の量と効果は比例する)


ひとつ、“硫黄”→“水素”→“ヨウ素”→“ネオン”の順番で突き刺していく。


以上の方法で相手に災禍さいかをもたらすことができる。


ただし、突き刺す順番は遵守じゅんしゅすること。


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―――


 私立アザミ女子高等学校 理科室。


 ――ドスッ。という音のあとに――痛っ。という声がもれた。

 蛇口の先端で重力に逆らっていた透明な塊が落ちていく。

 ぽたぽたと垂れていたはずのそれは堰をきったようにさーっと終着駅の排水口へと飲まれていった。

 

 五人と一体に囲まれた独りの女子生徒は片目をつむったままで腰に手を当てた。

 下着姿の彼女は断崖絶壁に追い込まれるように後ずさりうつむく。


 寒空のなかに放置されたように頭から爪先までをがくがくと震わせた。

 日光を拒むような白い肌とは対照的でさすっている腰の広範囲に赤み広がっていく。

 ほかにも全身に無数の打ち身が見てとれる。


「見ろよ。この女装した人体模型?」


 リーダーのミサは手綱たづなを握ったように四人の生徒を従えている。

 高飛車なこの女は樹脂の模型と肩を組み陰気な笑みを浮かべた。


 吊り上がった右の口角がその冷酷さを表している。

 半身が皮膚で内臓が剥き出しだったはずのそれはいま制服のスカートを穿きブレザーをまとっている。


 ミサは胸元に縫いつけられた「三浦」というネームプレートを勢いよく引きちぎった。

 ――ぶち。っという音とともに顔の表情だけでさらに威嚇いかくをエスカレートさせた。

 

 ミサはその場の雰囲気に高揚しほつれた糸を振り子のように揺らしミサの横にある・・の抜けた表情の空洞にネームプレートを無理やり押し込んだ。

 ――カポ。っと、なんとも滑稽こっけいな音がした。


「これが夜中、廊下爆走してたら笑えるよな~?」


「うける~」


 三人の仲間は腕組みをしたまま、まるで演劇鑑賞でもするようにミサの行為をながめている。

 とりまきたちはボスに盾突けるはずもなく、従うしかないことは明白で異を唱える者はいない。


 だが、この三人にも上下関係があるようでミサの後方で半円の階級を形成している。

 円の中心が三人の頂点で、中心点から遠いほうへランクが下がっていく。

 とうぜんもっとも離れた位置が最下位だ。

 

 逆扇状のテリトリーから逸脱している生徒は居心地悪そうに目を背けている。

 ときおりその惨状に目をやるが、すぐに肩をすくめこの惨状を見て見ぬふりする。

 

 その女子生徒だけは強制的にこの場に帯同させられたことを思わせる。

 ミサは三浦の肩に手をあてると押戸でも開くように三浦の体を壁に押しつけた。

 

 ――どん。と強く殴ったような鈍い音がひびく。

 その衝撃は壁を伝い理科室の備品をドミノのように倒していった。

 三浦はそれほどの勢いで頭と背中を壁に打ったのだった。

 

 棚の淵に置かれていた塩基配列のミニフィギュアが時間差でことんと柔らかく転げ落ちた。

 プラスチックの螺旋らせんは緩やかに転がり巾木はばきでワンバウンドし再度数回転して止まった。


 ミサは三浦の前髪をむしるように鷲掴みにして手前に引き寄せた。

 指と指のあいだから黒い稲のように三浦の髪が飛びでている。


 ミサは三浦の頭を後方にいったん押したあと前方に引く反動を利用して、ふたたび三浦の頭を壁に打ちつけた。

 壁の石膏は三浦の後頭部の形に沿ってボコっとへこんでいる。

 

 ミサは半球状の穴のあいた壁の前で罪悪感さえ持たず、手ぶらな左手を三浦の口に押しあてた。

 三浦は――んぐんぐ。と声にならない声をだしている。

 ミサはそんな三浦の腹部に勢いよく右拳をめり込ませる。

 三浦の内臓が皮膚と脂肪の上からぐにゅりと揺れた。


 ――うっ!!


 こもった声を吐く三浦に対して、ミサは間髪入れずに額を鷲掴みにして、ふたたび壁へと打ちつけた。

 ――ゴツっと頭蓋骨が壁に当たるいびつな音がした。


「大丈夫か三浦? 頭とれそうじゃね?」


 弱者を狩るハンターの笑い声が反響する。

 嘲笑は、一段と増幅していった。

 誰もその狂い笑いを止めようともしない。


 「三浦。ネームプレートついてねーな。は~い。こ・う・そ・く・い・は・ん!?」


 三浦は脳震盪のうしんとうをおこしてバランスを崩したが両手を壁に吸いつかせなんとか踏んばった。

 五本指が自分の体重によって落ちていく。

 それでも三浦は重力に耐えようと指先に力を込めた。


 ミサは体をひるがえすと理科室に備えつけられているたたみ一畳ほどのカーボンブラックでコーティングされた黒い机に手を伸ばした。

 理科室の机は実験で火器類を使用するために耐熱性の素材が使われている。

 机が黒いのは誤って粉末類をこぼした場合でも発見しやすく実験の変化を観察しやすいというが理由だ。


 ミサはあらかじめ用意しておいたガラス製の実験用具のなかから三角フラスコを選んだ。

 湯切りでもするように大きく振りかぶって机の端に叩きつけた。

 ――がしゃーん。と甲高いガラスの音と破片が飛び散っていく。


 最初は球状の部分に楕円の穴があいた。

 ミサが腕を振り下ろすたびにフラスコの形が変形していった。

 その行為を繰り返すうちにフラスコは体積を減らし、やがて握っている注ぎ口だけが残る。


 ミサはもはや刃物となった鋭いガラスを三浦の左頬、つまりミサから見ての右側の頬にぴたりと当て重力に任せるように右下へとスッと引いた。

 

 途中三浦の餅のような柔肌が刃先の進入を拒んだ。

 ミサはそれが三浦のささやかな抵抗だとでも思ったのか表情を一変させ力づくで傷をつけた。


 その行為をさらに二回繰り返し、三浦のつるりとした左頬に「ミ」という片仮名一文字の傷を作った。

 ミサはその手をゆっくりと下げていく。

 ちょうど三浦の鳩尾みぞおちのあたりで手を止め腹部にちょんと縦線の切り傷をつけた。

 ミサはそこからさらに焦らすようにガラスの破片を下げ、その縦線の下で片仮名の「ワ」を書くような傷を作った。


 三浦はミサの手の動きに合わせて悲鳴を上げて顔を歪めている。

 ミサはそのうめき声に眉ひとつ動かさず恍惚こうこつの笑みを浮かべていた。


 ミサにとって三浦が発する声はとてつもない快感だった。

 ミサはその場で屈むと三浦の右足を鷲掴みにし、また三浦の皮膚に刃先を立てる。

 膝下、約十五センチでガラスを真横に引いた。


 ――い、痛たい!!


 そこから約二センチ下で一筆書きするカタカナの「フ」のように三浦のスネをガラスで切った。

 三浦は内股のままうずくまり床に両手をついた。

 床に助けを呼ぶように手をガクガクと震わせている。


 「三浦。おまえは私の所有物なんだよ。もう、逃げらんねーかんな? ヒメカ、サリナ、マヤいくぞ。おい、蒲生も遅せーんだよ!?」


 いじめの首謀者は赤い雫の滴るガラスを投げ捨て、とりまきたちに鋭い眼光を向けた。

 ――ばりん。とまたガラス破片が床に散らばった。

 その音にとりまきたちも一瞬、肩をすくめる。

 だが見えない首輪に繋がれているように素直にうなずく。


 ――ええ。


 ――わかったわ。 


 ――う、うん。 


 ――……。


 ミサは友だち・・・であり・・・友だち・・・ではない・・・・友だち・・・をいまだに睨みつけている。

 それは恫喝どうかつでもあり忠義心の確認でもあった。


 ――バキっ。というなにかが折れる音とともに理科室の人体模型は手や足をあらぬ方向に向けて倒れた。

 開け放たれた口のなかに「三浦」のネームプレートは入ったままだ。


 ミサはあごをしゃくる。

 無言のままでも四人はその意図を理解していた。

 ミサを先頭にとりまきたちもランクの順番で理科室をでていく。

 

 ――いくぞ。そんな意図だったのだろう。

 

 「蒲生。おせー!!」


 蒲生と呼ばれた生徒は遅れて理科室をでた。

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