第26話00011010 旧姓 蒲生エリカ

 蒲生はミサたちの誘いをいつも断れなかった。

 こんなポジションにずっといつづけるの? そう悩みながら毎日を過ごしていた。

 

 嫌なことをはっきりと――「嫌」といって相手にどう思われるのかが怖い。

 一度でもなにかを断るともう二度と頼まれなくなるんじゃないか? そんな些細ささいなことに怯えていた。

 

 だが当人にとってはそれは些末さまつなことではなく、とてつもなく大きな問題だった。

 ほかの娘はどうやって「はい」と「いいえ」を使い分けているんだろうか?


 ミサが三浦シオンをあんなふうにイジメる理由はわからない。

 ただそれに参加しなければ、つぎのターゲットは自分だと教室の空気が語りかけてくる。


 無言の雰囲気が耳元でささやく――おまえの番だ。つぎはおまえだ。


 ミサがどうして蒲生をとりまきに選んだのかそれにはたいした理由などはない。

 なんとなくもうひとり増やそうかな? それには大人しくて使い捨てにできるやつがいい。

 ただそれだけだ。


 それに合致したのがたまたま蒲生だっただけ。

 同じクラスに蒲生がいなければ麻生ヒメカ、高田マヤ、地居サリナの三人でもよかった。


 ワゴンセールのなかに買ってもいいかな?と思えるものが残っていたからとりあえず買ってみた。

 買ったはいいが愛着もなく、それほど使えるものでもなかった。

 ミサと蒲生の関係はそれだけだった。

 

 蒲生は幼いころ雷が物凄く怖かった。

 空が墜落してきそうで幼心おさなごころが潰された。

 それに似た恐怖を毎日抱えていた。


 あの朝、蒲生は三浦がどうしても気になっていつもより早く登校した。

 胸騒ぎが消えないから土足のままで校内を走った。

 一刻も早く、理科室に向かうため。


 その手前でまばゆい飛沫しぶきが蒲生の視覚に飛び込んできた。

 気づくと蒲生は白い部屋のなかにいた。

 そこは教室だったのか保健室だったのか、いまとなっては定かではない。

 

 周囲は騒がしかった。

 ――死んだ。えっと、三浦って人。

 

 そんな言葉が耳に入ったとき、どうしょうもなく気分が悪くなった。

 いつのまにか毛布にくるまれて眠っていた……翌日、両親はすぐに私の転出届けを提出した。


 理由は――あんな事件が起きた学校に通学なんてさせらない。だったはず。

 黒木の脳裏にあの朝が断片的に蘇ってきた。

 それでも記憶の欠片、すべてを集めることはできなかった。

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