第27話00011011 そして……もうヒトリ
理科室の前扉がゆっくりとスライドした。
知人宅にでも入るように顔をのぞかせた人物は
立ち入り禁止の場所を平然と突き進んでくるアザミ高校の生徒。
地雷原を我が物顔で歩く想定外の事態に神野は声を上げた。
眉を吊り上げてその状況の理解に苦しんでいる。
「なぜだ? いまここに侵入できるのは俺とシオン。それにあのときの当事者、蒲生、高田のみ……な……はず……」
高田も驚きながら
「三浦」
言葉を切って唾を飲んだ。
「希さん……?」
帰還を諭すような口振りだ。
この理科室に現れたのは三浦希だった。
ふたたび空気清浄機の性能見本のように黒い霧が白んで輪郭を形成すると三浦シオンが具現化した。
幽霊が出現するところを目撃したならきっとこんなふうに現れるだろう。
三浦希はシオンに語りかける。
話しかけることが苦手な少女がスラスラと言葉を投げかけることができたのはなぜなのかは誰にもわからない。
三浦希、自身も。
「あなたが三浦シオンさん……? 私は三浦希です。あなたが自殺した理由、私にはわかっていました。私もいじめられる側だから……誰にも話しかけてもらえない。私はただの空気……ただ教室にいるだけ」
三浦希に共鳴し三浦シオンが出現したのだろうと高田は憶測した。
ある種同族ゆえの共感、そんな仲間意識が三浦希の言葉をスムーズにしているのだろうと思う。
三浦希は慣れた手つきで包帯を一周、二周とくるくる解いていった。
包帯は
三浦希は包帯をそのまま床に投げ捨てると、つぎは腕の大部分を覆っていたガーゼをぽとりと床に落とした。
手首から肘関節までガーゼの
傷はずいぶん前からあったようで
なんどもなんどもカッターの刃が往復した跡だ。
「……この傷はリストカットなんかじゃないんです……」
三浦希は消え入るような声でいった。
その場にいる誰もが息を呑む。
なにせ高田でさえ三浦希の包帯はリストカットの傷を隠すためだと思っていたからだ。
いつか彼女と対話して、真剣に彼女の悩みを聞いてやろうと思っていた。
だが忙殺される日々のなかでそれは適わなかった。
クラス担任とは想像以上に生徒の悩みに気を使わなければならない。
授業を教える職務の
高田は三浦希が抱える問題に接することをしてこなかった。
三浦希のことをどこか後回しにしてしまっていたことを深く
それとともに今後その機会が巡ってくることはないことも理解している。
自分は今日ここで終わる。
高田は桜木ミサを止められなかったことから始まり、今日の失敗もまた心に強く刻むことになった。
後悔で始まり後悔で終わる。
結局自分の教師人生は失敗だったと認めることになった。
それどころか母親としても失格だった。
シオンの幻影が音もなく三浦希に近づいていく。
「あなたも呪いを宿し者なのね?」
「そう。私、いっつもぼっちでクラスを怨んでた。だから私も『カース リバース メソッド』を試したの」
「けれど……あなたはすこしタイプが違うわね?」
「……私は誰にいじめられてるのかよくわからなくてクラスぶんを試していった。世の中を怨むってやつです。だから回数は多いけれど、そんなに呪詛は返ってないみたい」
「いいえ。あなたも相当な呪いを蓄積しているわ。数を重ねすぎたのよ?」
「そうなんですか……自分では気づかなかった」
「こんな瘴気渦巻く場所に入ってこられたことがその証拠よ」
「……そうなんだ……取り返しのつかないことしちゃったかな……」
三浦希は背中に段差があってそこが本当に落ちるようにがくんと肩を落とした。
どこかで理解していたけれど言葉として自分の鼓膜を伝って聞いたとたんようやく受け入れることができた。
三浦希の仕草から大きな後悔が見えた。
「あなた気づかなかったの? 日に日に味覚が薄れていたはずよ?」
「えっ!? 味を感じないのはお弁当を独りで食べてるからだと思ってた……」
「いいえ。呪いを受けた者は五感や記憶になんらかの障害を受ける者がいる。あなたはそれほどまで重い呪いを蓄えているのよ」
「……私、一線を越えてたんだ……人じゃなくなる境界線を」
三浦希はふたたび事態の大きさを悔やみ、うつむきながら愛でるようになんどもなんども自分の手首の傷痕をさすっている。
もう自分の人生が好転することはないそう悟った。
麻薬患者が麻薬を止めることができない心理に近いだろう。
けれど三浦希にとってなにかを信じて裏切られるくらいなら、初めから諦めるほうを選ぶ。
諦めの早さこそが自分の長所だとも思っている。
「いまさらながらシオンさんみたいになりたくないって思っちゃった。人を怨んで人間じゃなくなるなんて。だからもうやめてください?」
「三浦希・・・ミウラノゾミ・・・ノゾミちゃん。もう、ワタシ自身ではコントロールできないノヨ」
「そ、それは私も同じです」
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