第18話00010010 桜木ミサ ―黒MISA―
ミサは自分の生活に不自由を感じたことはなかった。
経済として紙幣がどう循環しているかなんて社会の教科書でしか見たことはない。
その数ページですら頭の片隅には残らなかった。
両親にいえば希望の額は与えられる。
けれどミサはミサなりにボーダーラインはあった、だから一度に百万単位の金額を望むことはしない。
それは計算などではなくミサのなかのなにかが限度額を決めさせていた。
両親が政治家夫婦として庶民を装うところを幾度となく見ている。
他者の生活と解離していることもすこしは理解していた。
自分が入試を受けずに入学したことも知っている。
小学生で数万円、中学生で十万を超えて、高校生で数十万。
毎年、昇給するように小遣いの要求額を上げた、それはなんとなく自己の成長を披露する感覚だった。
両親にとって、そのていどの金額で自制できるミサは孝行娘に映った。
ただ、ときおり零れる不安定さと気性の荒さには気を揉んだ。
ミサは容姿にコンプレックスを抱えていた。
はたから見てもかわいいとはいわれる。
自分でもそんなに悪くはないと思っている。
それでも自分が求める完璧なパーツではなかった。
三浦シオンは
おのれの望む理想の構造を。
眉の角度から目の大きさ、鼻の高さ、口の形、そして透明感のある肌。
身長も声も体のラインもそう体型さえもなにもかも持っていた。
自分がオーダーしカスタマイズしたような完璧な
ミサは金で手に入らない物があることはわかっていた。
むしろ両親のほうが金ですべてをどうにでもできると思っていた。
三浦を
己の理論が正解だと解ると日に日に苛立ちは募っていった。
そしてそれはミサが両親に百万単位を望まなかった理由がわかった瞬間だ。
それは金を積めば積むだけ、すべてを手に入れられるという希望を残しておきたかったから。
つまり金で買えない物はないということに気づいていたわけではなく、金を無制限に積めば手に入れられない物はないという心のゆとりだ。
永遠に使わない切り札を持つことで人は安心できる。
それはなにも人にかぎったことではなく核保有国が他国に対して抑止力としていることに等しい。
切り札を使い切ったミサは
己の
思春期、特有の理由なき憎悪に明確な理由ができた。
なんの苦労もせず生まれながらにあの容姿を与えられた三浦シオンという存在をどうしても許せなかった。
けれど周囲から見ればミサもまたなんの苦労もせずいまの環境を持ち得ていた。
ミサはそんな他者の
三浦が亡くなったとたんミサは驚くほど退屈した。
習慣化したいじめを止めることはできず他の生徒に格づけをする。
なにより三浦の顔に「ミ」という傷をつけたあの征服感が忘れられなかった。
ある種、ミサの手で己の証明を覆した瞬間でもあったから。
キズモノの容貌はいらない。
それがどんなに欲するモノだったとしても……ミサはとてつもない至福を得た。
金で買えない物があるなら壊せばいい。
ミサには他者を死に追いやった罪の意識はない。
だがその女王もすぐに陥落した。
自分がまさか狩られる側になるとは夢にも思わず。
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