第36話00100100 陥落

 私立アザミ女子高等学校。

 海外の有名施設の展望台に倣った理科室の内側から外へなにかの衝撃が放たれたと分かる破損個所がいくつかある。

 

 ブルーシートで覆われている下はザクロに似た焦げ跡が隠されていた。

 地上に目を向けると爆発に連鎖して爆ぜたような焼却炉もあった。

 大きな破片ほど遠くに散らばっていて細かな破片は本体付近に散乱している。


 この状態からもどれだけの衝撃が放出されたのか想像するのは容易だった。

 焼却炉は木端微塵に崩壊していて、辺りは破片だらけでシートを被せる必要もない。


 細々こまごまとしたコンクリート片や鉄筋などは花壇まで飛んでいて薊の花を無残に押しつぶしていた。

 まさにこれから蕾を開こうとしている小さな薊がぐしゃりと潰れているのが印象的だ。


――――――――――――

――――――

―――


 まだ規制線の貼られた敷地内。

 パトカーが徐行し校舎の前で停車した。

 車内には先輩刑事と運転手の後輩刑事のふたりが乗っている。

 先輩刑事が運転席のパワーウィンドウを下げてアザミ高校の焼け跡を見上げた。


 「また、この学校か~?」


 ピクトグラムの図形の上で十字マークがチカチカしている。

 最新カーナビの点滅が示している場所が私立アザミ女子高等学校だ。

 

 ふたりはしっかりと締めていたシートベルトを外す。

 ――かちゃ。という音ではじまりシートベルトは蛇のようにしゅるしゅると定位置に戻っていった。


 先輩刑事は三十代後半でピシっとしたスーツを着ていて険しい表情を崩さないでいる。

 前髪が目かからないようにと短髪で端正な顔立ちだ。


 後輩刑事は真新しいスーツに身なりの良さがうかがえるがすこしばかり頼りない。

 それでも細やかな気遣いのできる穏健派の刑事だ。


 「不吉なんだよな。毎年毎年行方不明者はでるし。それに今回はこの爆発事件だ。今回は理事長ふくめ女性教師ひとりに用務員が失踪している。教育実習生は怪我と記憶喪失で入院中……。そして数日前から前田美紗緒、岬カンナという二名の生徒の捜索願が提出されている。さらに根元愛美、工藤真理、三浦サツキ、三浦希の計四名の生徒が行方不明」


 「……そうなんですか?」


 事情の知らない後輩刑事は話に聞き入りながらも先輩刑事の話を警察手帳のなかに挟んであったメモ用紙に書き込んでいく。

 ときどき書き損じるのかぐちゃぐちゃと文字を消しては訂正箇所のすぐ下に書き直している。


 「ああ。おまえは異動直後で知らないかもしれないが……こんな短期間にこの人数が消えたのは初めてだ」


 「僕の居た所轄ではこんなに大きな事件はありませんでしたからね」


 「見ろよあの理科室。悪事ぜんぶを覆い隠すように燃えてやがる」


 「そういえば隣接した場所はほとんど焼けてないですね~?」


 後輩刑事は額に手を当て日差しを遮り校舎を左右に見渡した。

 展望台のように飛びでた理科室だけが大きく破損している。


 「それがおかしいんだよ。理科室は薬品なんかがあるから机とかの備品を筆頭に燃えにくい素材で作られてるんだ。カーボンブラックって材質でコーディングされてるんだけどな」


 「へ~そうなんですか?」


 後輩刑事は場数を踏んだ先達せんだつの知恵を吸収するため、ふたたび丁寧にメモをとっていく。


 ――へ~。へ~。と、なんどもうなずきながらさらにペンを走らせた。


 「もともとここの異変は数年前からはじまってるんだ」


 「……どういうことですか?」


 後輩刑事の手とペンがピタっと止まった。

 直後に先輩刑事に目をやり真剣な眼差しでつぎの言葉を待っている。


 「この学校である日ひとりの女生徒の遺体が発見された。そのときは俺たち捜一が初動捜査にあたったんだが結果は自殺。これは調書を読めば納得できる。問題はそのあとだ。ふたりめの女生徒は体中にミサという傷を残し死亡。だが……進展なく打ち切りだ」


 「おみやですか?」


 迷宮入りは犯人が罪を逃れのうのうと生きていることになる。

 警察にとっても遺族にとっても非常に無念なことだ。


 「ああ。それにそのふたりめの被害者ってのが当時、与党だった桜木議員の娘。桜木ミサ」


 「えーそれって……政治がらみなんじゃ!?」


 「さあな……? ただ、そのあと捜査を終了するように上からのお達しだ」


 先輩刑事は顎をしゃくった。


 「ど、どうしてですか?」


 後輩刑事は事の重要さに驚いた、と同時に首都を守る任務の重大さをあらためて認識する。

 反対にいま己のいる地位の限界を知った瞬間でもある。


 「桜木議員にやましいことでもあったのか……。ただ、いくら国会議員でも省庁を止められるわけがない。もっと上が握りつぶしたと噂された……きっと大臣クラス」


 「大臣のポスト数なんて限られてるじゃないですか。誰かすぐに判明するんじゃ……」


 「わかったところで政府の大臣に手をだせるかよ?」


 さきほどの見解は確信に変わった。

 どう足掻いても手をだすことのできない聖域。

 ますます後輩刑事の葛藤がつづく。


 「……そうですけど。この事件を隠蔽する理由がわからないですよね?」


 「ああ。けど桜木議員は二代前の法務大臣の地盤から出馬してるんだよ」


 「なんか怪しいですね。そうだ!! 怪しいといえば別の意味の怪しいなんですけど。鑑識の報告だと昆虫の死骸が大量に発見されたそうなんですよ」


 「はぁ? だいたいそんな量の昆虫がどこに居たっていうんだよ? 理科室で昆虫育ててましたってオチでもないだろうし」


 あきれ顔の先輩刑事。

 あまりに不可解で現実離れした結果に皮肉を込めた。


 「あっ、これです」


 後輩刑事は外出用の厚いファイル入れからA5サイズに拡大した数十枚の現場写真をとりだした。

 それぞれの写真ラベルには【不明一】【不明二】【不明三】【不明四】……などと連番数字が振られていた。


 参考写真には人をかたどるようにサソリや蜘蛛などの死骸が並んで写っている。

 黒焦げの昆虫を紐で囲んだ線は小柄な女性を連想させた。

 とくに人間の脳、心臓などに当たる部分はひどく焼け焦げていた。


 「なんだこれ? 気味悪いな~人の形か?」


 先輩刑事は現場写真を受け取るとトランプをきるようにガサガサと音を立てすべての写真に目を通した。


 「そう見えますよね~。あっ、あとサイバー犯罪対策課からきいた話なんですけど人事院のサーバーに進入された形跡があるって」


 「今回の事件と関係あるのか?」

 

 先輩刑事は写真の束を後輩刑事に向かってポンっと放った。

 後輩刑事の太ももで散らばる。


 後輩刑事は写真を太ももと太ももの窪みに寄せてササっとかき集めそれをダッシュボードの上に置き手際よくトントンと端を合わせた。


「えっ、いや……国家公務員のデータなんで一応……報告をと……」


 後輩刑事は目線を写真に向けたままそういうと、写真を縦横で合わせて整えている。 

 ひとつの束になった写真をふたたびファイル入れて戻した。


 「まあ、キャリアのデータだらけだよな。って……おまえの親戚だってキャリアだろ?」


 先輩刑事は後輩刑事のほうを向き胸元をぽんと叩いた。

 後輩刑事は思わず――おっ。と声をだす。


 「ええ、まあ。……あっ、あとこれ二課にいるその親戚からこっそりコピーをもらってきました」


 後輩刑事はさきほどの厚いファイル入れから何枚かにじられた書類を先輩刑事に差しだした。


「大丈夫かよ。親戚のキャリアに傷つかないか?」


 先輩刑事は心配そうに訊ねながら書類を受け取るが、すぐには開かないでいた。

 先輩刑事の懸念材料には後輩刑事そのものの人生もふくまれているからだ。

 それが明るみにでた場合両者ともただでは済まない。

 免職、停職、減給、戒告、悪い例えならいくらでもある。


 「僕も本部の人間になったので大丈夫だと思います……よ……。たぶん、ですけど。それで、ですね。理事長室に捜索に入ったとき二課全員が驚いたって」


 「……どうしてだ?」


 「たいていの人間は自分の不都合は隠そうとするんですけど。――ここですよ。とわんばかりに裏帳簿が棚に置かれていたって」


 後輩刑事は、先輩刑事にまた別の分厚い書類を差しだした。

 最初の書類がA資料ならば、こんどの分厚い資料はB資料ということになる。


 「どういうことだ?」


 先輩刑事は首を傾げ、さらにその書類を受け取ったが、まだ読むことをためらっている。

 後輩刑事は、それを察し――どうぞ。と促した。


 「あっ、ああ」


 先輩刑事は真剣な表情で額を掻きながらようやく書類を開いた。


 「なんでも青だらけのファイル帳に一冊だけ赤いファイル帳があったとか……」


 後輩刑事はさまざまな疑問符を飲みこんでいく。

 先輩刑事はまずA資料に目を通しはじめた。

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