第37話00100101 再臨

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宗教法人 “神の裁き”


福音銀行 

御加護支店

口座番号 3152315

口座名義 シユウ)カミノサバキ



福音銀行

御加護支店

口座番号  2513251

口座名義  カミノサバキ 



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 「これ法人口座も“カミノサバキ”で個人口座も“カミノサバキ”なのか?」


 先輩刑事は驚いて眉を下げた。

 同じフリガナで口座を作る目新めあたらしさに感心さえする。


 とはいえ、捜査一課の専門は殺人事件などの凶悪犯罪であり、経済事件や金融犯罪の案件に詳しくないのも事実だった。


 「ええ。漢字だと“神野裁貴”なのでそうなります。ただどうして赤いファイル帳にこの帳簿があったのかは謎みたいです……」


 「……カタカナにすればどっちも同じ読み…か」


 先輩刑事はまるで漫画のクライマックスシーンを読むように夢中でつぎのページをめくった。

 

 「法人口座は毎月信じられない額が振り込まれてるな?」


 「ええ。これはあくまで神野個人の金でアザミ高校自体はとんでもない赤字なんですよ」


 「そうなのか?」


 先輩刑事はカサっカサっとなんども音を立てぺージをめくっていく。

 いまは資料の終盤にある収支決算書を黙読している。

 先輩刑事の視線は紙の上から順番に下へと流れていった、その目に文字だけの大金が映っている。

 つづいてB資料を開く。


 「……酷いな。神野が著作権譲渡したソフト『ガーディアン』ってのはほぼ売れてないのか」


 後輩刑事は先輩刑事の言葉に――そうなんです。そうなんです。と相槌あいづちを打った。

 後輩刑事はふたたび自分の警察手帳を数十ページめくって、ひらひらと付箋が揺れている箇所を読む準備をしている。


 先輩刑事はA資料に視線を戻した。

 つまりはA資料とB資料を見比べていることになる。


 「ソフト自体は優れているんですけど使いこなせる人員がいない。また購入費、維持費がばかにならないということであまり売れてませんね~。ようするに独りよがりなソフトってことですね」


 先輩刑事に待ってましたといわんばかりにメモの内容を披露した。


 「……そんな経営状況でブランド物の制服と通学バッグを無料支給? さらに教師たちの給与水準も高い……」


 いいながら視線を斜めに下に向けた。


 「じゃあ海外からの送金分を学校の運営資金に補填ほてんしてたのか?」


 「えっ……どういうことですか?」


 後輩刑事はキョトンとしている。

 先輩刑事と資料を交互に見ながら答えを待つ。


 「ここをよく見ろ」


 書類の右下をトントンと指さした。

 指先が紙に当たる特有の音がする。


 「ええー!! 学校の持ち主って神野だったんですか?」


 後輩刑事は数字の羅列されたファイルが苦手で重要なものを見落としていた。


 「ああ。数年前に宗教法人として朝間猛から名義変更してる。そしてなにを隠そう今回失踪した用務員が神野裁貴だ」


 「いろいろ怪しすぎますね。あと、こっちも見てください」


 後輩刑事は急かすように今、先輩刑事が手にしているA資料のほうの終盤ページをめくった。


 「これは?」


 「アザミ高校は近年違法改築を繰り返しています」


 先輩刑事は、ふたたび熱心に資料に目を通している。

 そこには現在の私立アザミ女子高等学校の設計図があり、賃貸雑誌などでよく見る間取図に似た図形が並んでいた。


 図形のなかには何かのアルファベットや何かの数字が書かれている。

 建築のサイズ比などを示すもので専門化以外が見てもどういう意味なのかはわからないだろう。


 反対に図形は素人が見てもそれなりに理解はできた。

 壁のなかに蟻の巣状のダクトが存在していて最終的には地下のすり鉢状の窪地に集約されている。

 ダクトからすべり落ちた落下点がちょうどその窪地だった。

 

 窪地の中心から円柱缶が突きでて地上へと伸びている。

 円柱缶の周囲には細かい網目がありなかには水を吸い上げる高機能モーターがある。


 「地下にこんな施設が!? これはいったいなんなんだ?」


 「さ、さあ……あと、この奥にサーバールームがあります。ただこの台数だとIT会社の所有数に匹敵するらしいです」


 「じゃあこのプールは冷却装置か……? でもサーバールームに水は回流してないぞ?」


 「そのサーバーも内部プロテクトが硬すぎて科警研までいってるとか……」


 「か、科警研まで? たかだか高校にあったサーバーが、か?」


 「はい。この学校はいったいなんなんでしょう?」


 「見当もつかないな……でもよくここまでの資料を集めたな?」


 「ええ。まあ神の裁きに絞って資料をまとめました」


 「神の裁きか~。一時ここら一帯で流行ったんだよな?」


 「あっ、覚えてます。『ペリオディック・テーブル カース』とか『カース リバース メソッド』とかですよね。呪いがどうのこうのって話題になりましたよね?」


 「ああ。これだろ?」


 先輩刑事はダッシュボードの上に書類の束をサッと投げ置いた。

 書類もいくつかも集まると意外と量があって週刊漫画雑誌ほどの厚みになっていた。

 

 だいぶ日も傾き陽射しが書類の束を照らしている。

 先輩刑事はダッシュボードの引きだしに手をかけ当時の参考資料だったサンプル紙を広げた。


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『ペリオディック・テーブル カース』


ひとつ、周期表の上部に呪う相手の写真を貼る。


ひとつ、表のどこかに血判を押す。(血液の量と効果は比例する)


ひとつ、“硫黄”→“水素”→“ヨウ素”→“ネオン”の順番で突き刺していく。


以上の方法で相手に災禍さいかをもたらすことができる。


ただし、突き刺す順番は遵守じゅんしゅすること。


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 さらにふたつ折になっていた、もう一枚の紙を広げて後輩刑事に手渡した。


 「ほらよ」


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『カース リバース メソッド』


ひとつ、周期表の上部に呪う相手の写真を貼る。


ひとつ、表のどこかに自分の血をかける。


ひとつ、周期表“ネオン”→“ケイ素” の順番で突き刺していく。


以上の方法で相手に災禍さいかをもたらすことができる。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 あれ? 『カース リバース メソッド』の文面が違う……? 後輩刑事はそう思いながらも、もしかしたらそれは自分の思い違いだったかもしれないと口にはだせないでいる。

 違いを指摘したところで、どこに相違点があるのかわからない。

 この場を混乱させるくらいならと言葉を飲み込んだ。


 「主婦や学生たちに流行ったりしたな~?」


 先輩刑事は懐古かいこする。


 「えっ、ええ……は、はい。なかには本物があるとか噂になりましたよね?」


 「だったな。神野裁貴はそこの二代目なんだよ」


 「そ、そうなんですか?」


 「ああ。……おまえもまだまだ調べが甘いな」


 「すみません……。そういえばこれって理科に関係する呪いですけどべつに理科室でやる必要はないんですよね」


 「当時は勘違いしたやつが理科室に忍び込もうとして相当数連行されてたな~?」


 先輩刑事はあきれ顔でサンプル紙をフロントガラスにかざした。


 「まあ、この学校で行方不明になった多数の家族が神の裁きの信奉者だったってのも皮肉な話だけどな~。ただ国の上層部にも”神の裁き”の思想に感化されてる人物もいるとかいないとか」


 先輩刑事がふたたび神の裁きに疑惑を向けたとき透けた紙の向こうに蠢く影を見つけた。

 先輩刑事は長年の経験で瞬間的に校内へと視線を走らせた。

 双眸そうぼうで捕えた怪しい何かを確認するために素早く車のロックを外した。


 「ちょっといってくる。おまえはここで待っててくれ富沢とみさわ

 

 先輩刑事はサンプル紙を車内に放り投げると、勢いよくドアを開いて身を乗りだし校内へと走っていった。

 ――がちゃん。とドアの閉まる音と振動が車内に響く。

 富沢の座席が一度、ぐらっと揺れた。


 「えっ、せ、先輩、ちょっと」


 富沢は校内へと走る先輩刑事を黙って見送った。

 いや、あまりに突発的な行動のために見送るしかできなかった。

 先輩刑事は【KEEP OUT】と書かれた黄色のテープを超えて校内へと入っていった。

 置き去りにされた富沢は今も目をしばたたかせている。


 「せ、先輩もう~。あれっ!? そういえば校舎の立番の人間がいない……」


 富沢は足元に落ちたサンプル紙を拾おうと前屈みに身をよじらせた。

 頬と首をダッシュボードに当てながら靴の上に乗っている用紙に手を伸ばす。

 頭上で異音がした。

 突然カーナビの音声ガイドが作動しはじめた。


 「――――――ガッ・・・ザザッ・・・―――――――――富沢・・・トミサワ・・・とミサわ・・・ミサ見つ~けた」


 ――どん。人間が硬い物質に当たった音がした、瞬間、車窓に液体が飛び散る。

 赤い飛沫しぶきに汚染された異様なフルスモークのパトカーが数十分後にアザミ高校前で発見された。


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