鬼の恋
「一ノ瀬君、自分の身を、自分一人で守り抜く自信はある?」
高槻ナギサが一ノ瀬アザトに尋ねたのは、強化人間による援護の必要性。
「はい」
アザトの短い返事に、ナギサは少し考えこんだ。
「竜神ツバキの護衛には、時雨坂君をつけるわ。規格外すぎる一ノ瀬君を除けば、鉄窓学園では最強の強化人間だから」
やがてナギサが下した決断は、竜神ツバキがまだ狙われるかもしれないという前提に立つ限り合理的なもの。そして、それがあり得ないと知りながら否定するわけにはいかないアザトからしてみれば、反論の余地のない戦略。
「ご厚情、痛み入ります」
アザトは、ただ低頭した。
「てっきり嫌がるかと思ったけど」
「何故でしょうか」
不思議そうなナギサに、アザトは反問する。
「彼女でしょ? ほかの男と四六時中一緒にいるの、気にならないの?」
気にならないはずがない、と言わんばかりのナギサだが、アザトには嫉妬という感情はない。何故なら、そのような感情を抱くような対象は、たった一人だから。
「全く。彼女の安全が保障されるのであれば、むしろ喜ばしく思います」
「うわ、報われないわね、あの子」
アザトの即答を受けて、ナギサは頭を抱えた。心底、ツバキに同情しているかのように。いや、同情していたのだろう。公衆の面前で泣きながら告白する程度には想っている相手がこれでは、打てども響かずというにも不憫に過ぎる。
「何故でしょうか」
そのうえ、ナギサの目の前の唐変木はそのことをまるで認識していない。
「他の男と一緒にいて嫉妬してもらえないって、もう愛されてないのと同義よ」
ナギサは噛んで含めるように教えてやった。恋人たるもの、少しは相手への独占欲を持つべきだ。少なくともナギサはそう思っている。それがまるでないのなら、それはもう、恋人という関係としては終わってしまっているのだ。
「愛、ですか……」
ぎり、と歯を噛むアザト。姉しか愛したくない我儘と自分などにそう思ってくれるツバキに対して誠実であらねばならないという相克。
「そんなものは持ち合わせていない、と言い切れる立場なら、どれ程楽になれるか」
楽になってはならないと知りながら、そんなことを呟くアザト。
「そう思っているのなら、そもそも持ち合わせていないのよ」
あきれ果てた、と言わんばかりにナギサはため息をついた。
「しかし俺は……」
言いかけるアザトを制し、ナギサは続ける。
「誠実でなければならない? ふざけないで。好意や愛情は努力して持つものじゃないの。そんな感情にさえ努力が必要になってる時点で、好きでも何でもないのよ。そうやって答えを保留にしている方がよっぽど、それこそ絶望的なまでに不誠実よ」
「返す言葉もございません」
反駁の余地など微塵もない。要するにアザトは少なくとも自分の誠実さに自分で納得するというアザトの自慰行為のためにツバキの好意自体に目を向けず小器用に立ち回ろうとしていたのだ。それは、好意を踏み躙り弄ぶこととどう違うだろうか。
「竜神さんと同じ女としては、許せないくらいよ」
吐き捨てたナギサに、アザトは何も言えなかった。
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