第1章:出会いの日々

鬼の入学

 翌朝、アザトは入学式に出席していた。

 在校生ではなく、入学生として。


「新入生の諸君、入学おめでとう。保護者の皆様にも、心よりお祝いを申し上げます。また、ご来賓の皆様におかれましては、お忙しい中ご臨席を賜り、新入生の門出を共に祝って頂きますことを厚く御礼申し上げます……」


 長い校長やら来賓やらの式辞を、欠伸を噛み殺しつつ聞き流し、やり過ごす。

 その態度は、間違いなく不良学生のものであった。


 あからさまに式の進行を妨害するわけでも、分かりやすく眠っているわけでもないので注意もしづらい、最も性質の悪い態度の悪さによって、生活指導その他の教員に目を付けられることが確定するのだが、そんなことをアザトが知るはずもなく。


「以上をもちまして、鉄窓学園高等部、入学式を閉会いたします」


 閉会の辞を、アザトは半ば眠った状態で聞き流した。



 教室に案内され、担任教諭が訪れるまでのわずかな時間を、生徒たちは思い思いに過ごしていた。新たな環境で友人を獲得しようと躍起になるものが大多数だろうか。


 その中で、机に突っ伏して爆睡するという行動をとるものが、一人。


「みんな、入学式お疲れ様……って本当にお疲れな感じの子もいるわね」


 机に突っ伏して眠るアザトを見下ろし、担任教諭、水神ミユキは苦笑した。


「一ノ瀬クン、起きてくれると、お姉さん嬉しいんだけど」


「む、ホームルームですか。失礼……ぶっ」


 揺り起こされて体を起こしはしたものの、眠そうに目を擦ったアザトは、目の前にいる女性が誰であるのかに気付いて噴き出した。


「あら、どうしたの?」


「警察の方では、なかったんですね」


 意地悪く魅惑的に微笑むミユキに、アザトは端的に、極力平静を装いつつ応えた。


「ああ、昨日のこと?」


「はい」


 昨日以外に何があるというのか、と言いかける自分を抑えてアザトは首肯した。


「婦警さんだと思った? 残念、担任の先生でしたー!」


 何故新学期の担任が保護された自分の見舞いに来たのかとかいろいろ言いたいことはあるアザトだったが、そこはぐっとこらえて沈黙を保つのであった。

 喋ると、その分だけ時間をロスするだけで終わる確信があったから。


「じゃあ、五十音順に自己紹介してね」


 幸い、ミユキも時間を無駄にする意図はないようで、それ以上アザトをからかうこともなくホームルームの進行につとめてくれた。


 ……。


(無言で不満そうな気配だけ寄越すな。何がそんなに不満なんだ?)


 ……私に比べてあのお姉さんへの対応が柔らかい。


(年長者に敬語を使う程度のことで嫉妬するな。可愛すぎて鼻血が出る)


「一ノ瀬クーン? 自己紹介してくれる?」


 守護霊と話し込んでいる間にアザトの番が来ていたらしく、ミユキがアザトの顔を覗き込んでいた。さもありなん。アザトの苗字は一ノ瀬。順番はすぐ回ってくる。


 集中していなかったことを謝罪し、アザトは起立した。


「一ノ瀬アザトです。出身中学は、ありません。3年間、殺人の罪で少年院にいました。斯様な腐れ外道ですが、ご迷惑をおかけせぬよう尽力します。皆様どうか、宜しくお願いします」


 空気が、凍り付いた。その理由が分からないアザトではない。だから。


「冗談です。以上」


 つきたくもない大嘘をついて、アザトは椅子に座った。

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