鬼の謝罪
そうして、多少の波乱はあったものの自己紹介は粛々と進み、ようやくクラスの半分の自己紹介が終わろうという頃。
「竜神ツバキです。よろしくお願いします」
明るくはきはきとした自己紹介に、約一名が凄まじい勢いで振り返った。
むべなるかな。彼はその名前を後輩だと思っていたのだ。クラスメイトであるはずがないと、そう思っていたのだ。
「一ノ瀬クン、どうかした?」
「いえ、取り立てては」
ミユキの問いに否定を返しつつ、アザトは状況を整理する。
(認識の齟齬、ということだろうか)
……まあそうだよね。
アザトは中学生であったことがない。だから、『今年高校1年生』という意味でツバキに自己紹介した。一方のツバキは、『高校入学(式)前』という意味で中学3年生と言ったのだろう。
中学3年生の身分は3月31日で喪失するはずだとかそういう議論を持ち込み、どちらが正しい表現を使ったか、などという責任の押し付けをするつもりは、少なくともアザトにはなかった。
(だが、学級が同じであることは好都合だ)
……なんで?
(昨日の暴言、正式に詫びねばならないと思っていたからな。探す手間が省けた)
……そうね。あのくらいなら、十分、謝って済む問題だから。
励ますような守護霊の口調が、今はありがたかった。
謝って済む問題ではない罪を犯してしまったアザトにとって、謝って済む問題なら謝って済ませておくに越したことはないのだ。
もっと重大なことに、時間を割けるから。
ホームルーム終了後、解散、放課を言い渡されると同時に、アザトはツバキの席に向かった。
「あ、先輩」
開口一番、笑顔の花を咲かせたツバキはアザトをそう呼んだ。そういう認識なのだろう。それを改めることもいずれ必要だろうが、今優先すべきはそこではない。
アザトはその場に崩れ落ちるような速さで両手両膝を地面につき、叩きつけるような勢いで額を地面に押し当てた。
「竜神さん、昨日は、本当に済まなかった。自己嫌悪のあまり、聞くに堪えない雑言を並べ立てたように記憶している。俺が俺を軽蔑することと、君が俺をどう見るかなど無関係だという当然のことさえ忘れ、自儘に暴言を吐いた無礼、心の底から恥じている。本当に申し訳ない」
その状態ではっきりと相手に聞こえる声量で、己の罪状を読み上げた。
「え、あの、先輩、顔を上げてください!」
などと言いつつツバキがアザトの前に屈みこんだのは、無意識の動作だった。
ツバキからすれば知人が近寄ってくるなりいきなり土下座をかましたわけで、この狼狽は当然のものと言えよう。だが。アザトの正面に屈みこんだのは失策だった。
「俺は、果たして本当に顔を上げてよかったのだろうか」
『ある一点』を注視しつつ、アザトは誰にともなく訊ねた。
「え?」
アザトの視線を追いつつ、ツバキは間抜けな声を上げた。
「イチゴ柄の布地が見えているのだが」
その言葉を聞いてからの、ツバキの行動は迅速だった。
「きゃあああああああ! 先輩のエッチー!」
スカートを押さえつつ立ち上がり、未だ両手を地面についているアザトの頬に振り下ろすはビンタ。
「ぶふっ!」
それは的確にアザトの頬を張り、逆向きの見事な紅葉を張り付けた。
斯くして一ノ瀬アザトは、『ドスケベダブリ』の称号を得たのであった。
(ドスケベはともかく、何故ダブリなのだ)
……先輩って呼ばれてたからでしょ。
(風評被害だ!)
本人はその称号の、後半部分『のみ』を最後まで否定し続けたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます