鬼と後輩
「えっち。すけべ。へんたい」
「返す言葉もない」
帰路。二人並んで歩きながら、アザトはツバキの弾劾を甘んじて受けていた。
「私は怒っています、先輩」
まだアザトを先輩と呼び、敬語を使いながら、ツバキは頬を膨らませて見せた。
「そうだろうな……」
ともすれば神経を逆撫でしかねない同意を返しつつ、アザトはひりひりと痛む頬をさすった。
「埋め合わせに、一つお願い聞いてください」
「何でもとは言えないが、可能な限り実現しよう」
どうしても受け入れようがない願い事というものもある。だが、女子生徒のスカートの中を故意でないとはいえ見てしまった今、可能な限りの誠意は見せようとアザトは考えていた。
「先輩のことが、もっと知りたいです」
それはアザトにとっては罰たりえる程度に苦痛で、しかし拒絶するには足りない、今のアザトへの嫌がらせとしては最適解と言える願い事だった。
「君がそう言うなら、是非もない。そうだな、俺が殺した人の話をしよう」
最も自分が苦しむ話題をあえて選び、アザトはため息を一つついた。
「良いんですか? 辛く、ないですか?」
そんなアザトを気遣って見せるツバキに、アザトは精一杯の笑顔を作って見せた。
「償いはいつでも辛いものだ。だが、償えないよりずっとましだ」
償いうるならば、償う。償いえないならば、横車を押してでも償う。
一ノ瀬アザトはそういう人間であった。
今もまた、アザトは己の全てをかけて償うために生きている。
「……先輩は、優しいんですね。……私も、知りたいです。優しい先輩が、どうして、人を殺しちゃったのか」
「長くなる。そこの喫茶店に入ろう」
アザトは言いながら、ちょうど目についた喫茶店を指さした。
飲み物を注文して受け取り、店の奥にある周囲に人のいないボックス席に陣取る。
注文したアイスコーヒーを氷ごと一息に呷り、噛み砕いて胃の腑へ落として一つ息をついてから、アザトは口を開いた。
「俺には、双子の姉がいたんだ。俺と姉は、異性への感情という意味において異常だった。両親の目を盗んで近親相姦したこともある程度には、な」
最初に口から出たのは、死者を愚弄する言葉。だが、これこそが消えない罪の源泉なのだ。言わないわけにはいかない。
「12の夏だったか。その姉が、殺してくれと泣いて頼んできたんだ。愛しているなら、殺して証明してくれって。俺のままの俺が、姉のままの姉を殺すことで証明してくれって。意味が分からなかった。それでも俺は姉を殺した。なんでか分かるか?」
「分かりません」
酷薄な笑みを浮かべて問いかけるアザトに、ツバキは首を横に振って見せた。
「俺はな、最愛の姉から、愛していないと思われることに耐えられなかったんだ」
「それで、先輩はずっと自分を責めているんですか?」
ツバキの問いかけは、アザトにとっては的外れに過ぎるものであった。
「責める? そんな自慰行為に興味はない。ただ償う義務を感じ、償う方法を探しているだけだ。まあ、償う方法が見つからないことに苛立ってはいるが」
確かに、外から見れば自分を責めているようにも見えるだろうが、それは償うための、その方法を探すための手段に過ぎない。
「そう、ですか。なんでだろう、先輩のこと、見直しちゃいました」
そう言ったツバキがカフェオレを口に含むのを見て、アザトは首を傾げた。
「今の話に見直す要素があったか?」
ツバキも、アザトに合わせるように首を傾げた。
「ないですね。先輩はシスコンの変態なのに、どうして……」
言いたい放題であった。
「……しっ。様子がおかしい」
が、アザトにはそれに突っ込む以上にやるべきことができてしまった。
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