鬼の覚醒
「どうしたんですか?」
音をたてないように促したアザトの意図を察して、ツバキは小声で尋ねた。
「人の話し声が急に途絶えた。何があったか見て来る」
アザトはそう告げると席から静かに立ち上がり、店の入り口の方を伺った。
そこに在った光景は、昨日の交差点の怪異、その始まりと同じ光景。
その場にいる人々が、異形へと変貌する様だった。
肌が青紫色に変色し、腕や足が肥大化、特に腕は原形を留めず、禍々しい武器の形を取る。あるものは鉤爪、あるものは指全てが意思を持った鞭のように長大化、またある者は腕そのものが斧……その悪夢的な光景は、これから起こる殺戮の序曲。
それを見た瞬間、アザトは決断した。ここは店の一番奥。ならば、正面から来る敵を止め続ければ守れる。
「竜神さん! 伏せろ!」
「は、はいっ!」
(姉さん! 頼めた義理じゃないがサポートを頼む!)
……喜んで!
ついに守護霊を明確に姉だと認めてしまったアザトだったが、そんなことを気にしている余裕はもはやなかった。
……敵はこの間の交差点とだいたい同じ、人型の異形が店内に7、店外に18。他の建物の中にはいないよ。全部で25。増えたらその時点で通知するね。
(一撃貰ったら即死の相手が25か。不利ってレベルじゃねえな)
……大丈夫。私がついてるから。
(ああ。頼りにしているよ。姉さん)
そうこうしている間に、何人かの、異形になれなかった客が店外へ逃げた。外に、店内以上の異形が待ち受けているとも知らずに。
(く、ここからでは……)
……いや、あの人たちは大丈夫。
(喜ばしい知らせだが、何故そう言える)
……異形の狙いが、アザトくんと一緒にいる女の子だから。
(全くもって喜ばしくなかった件について)
アザトが絶望の淵に叩き落された刹那、一体の異形がツバキを守ろうと立つアザトの姿を認め、飛び掛かってきた。それをアザトは見切り、回避……しなかった。後ろのツバキに流れ弾が当たらないとも限らない。全て、受け止めて耐える必要がある。
……もう、世話が焼けるんだから!
ガキッ!
硬質の衝突音。それは、生身の人間であるアザトの体、その右腕から発せられた。斧のような異形の腕、そこから放たれる必殺のチョップによって無意味に両断されるだけのはずだったアザトの体は、上段から迫りくる刃を防ごうと構えた右腕は、無傷でそこに在った。
「ふっ!」
呼気とともに己の右腕の下をくぐるアザトが突き出す左腕は貫手。人から変異した異形の、位置が変わっていない心臓を、マグナム弾より強力なその一撃が撃ち抜く。
また一つ、殺害の罪を積んで。
次の異形に襲い掛かる。人であったモノを、殺すために。
(少年院の先生方に、どう詫びればいいのだろうな。出所から一年たたずで殺人を再犯……更生など、まるでしていない)
異形の攻撃を生身で受け、防ぎ、そして攻撃後に一撃必殺の反撃を繰り返すアザトは、自分の更生に尽力してくれた人々を想い、申し訳なさで涙目になっていた。
異形の鉤爪をかいくぐり、心臓に貫手。心臓を抉り取ると同時にその亡骸を巴投げの要領で後ろに投擲。
即座に前方へ走り壁を蹴る。背転跳躍にひねりを加え、今投げたばかりの亡骸を斬り払うもう一体の異形の心臓を抉る。
直後横合いから襲い来る異形の剣に対し、その根元にあたる肘へ飛び膝蹴りを真っ向からぶち当て、大きく開いた口に手を突っ込み脊髄を引きずり出す。
せめて慈悲深く、一撃で。
天井や壁さえも足掛かりに店内を縦横無尽に文字通り飛び回り、異形と衝突しては文字通り鎧袖一触に殺していくアザトは、その行為を受け入れられるほどの悪徳を有していなかった。殺戮が日常となる死線を生きるには、アザトは正常過ぎたのだ。
一ノ瀬アザトは、その感性は、善人なのだ。
殺すことが辛いのだ。殺してしまう自分が悲しいのだ。
それでも殺すことを選んでしまう自分の冷酷な理性の悪行を、許せないのだ。
だから、申し訳なさに慟哭しながら、それでも、ツバキを守るために殺している。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああ!」
店内に踏み込んできた25体目、その心臓を抜き取ったアザトは、その場に崩れ落ちて咆哮した。
人の姿を取り戻すこともなく、ぐちゃりと地面に落ちた異形の亡骸、その全てがアザトの罪を糾弾する。この、人殺し、と。
「生存者発見! 学生2名!」
狂乱するアザトに、救助に駆けつけた警官隊の声は届かなかった。
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