鬼の勧誘

 一ノ瀬アザトが理性を取り戻した時、彼は拘束衣を身に纏いそのうえでベッドに縛り付けられている自身を発見した。


(何がどうなっているのだ)


 ……怪物を殺した罪悪感で発狂してたんだよ。それで捕まったの。怪物になってない人を殺すのは辛いを通り越して耐えられないだろうと思ったから、サポートは切っておいたよ。


 問いかけへの答えは、自分の無様を思い出させるには十分だった。


(見苦しい……)


 アザトは吐き気を催してきた。殺しておきながら被害者面でショックを受け、あまつさえ冷静な判断力さえ失う。その己の身勝手さに。


 しばらく吐き気をこらえていると、部屋の戸が開いて数人の男が入ってきた。


「一ノ瀬アザトくん、だね」


「はい」


 声をかけてきた男に対し、寝たまま返すのは失礼と知りながら、どうしようもなかった。なにしろ、ベッドに縛り付けられているのだ。


「災難だったな」


 最初にかけられたのは、いたわる言葉。


「いえ。災難だったのは、俺に殺された25人の方でしょう」


 その言葉を素直に受け止められるほど、アザトは自分を許せてはいなかった。


「あれは人間ではない。異形、という人類の天敵だ。君が殺したのは、異形であって人ではない」


 穏やかな口調で告げられた事実は衝撃的なものではあった。だが。


 ……よかったね。殺したのは、人間じゃないって。


(そうだな。一人殺した罪もろくに償えていないのに、25人分も背負いきれない)


 アザトにとっては、少しだけ心の荷が下りる内容であった。


「察しはついていると思うが、異形の存在は秘匿されている。昨日の異形の大量出現も、暴動だとして処理された。暴動だと聞いただろう?」


 担任のミユキから有無を言わさぬ調子で暴動だと告げられたことは、アザトにとって記憶に新しい。


「はい。では今日の件も……」


 同じ処理が今回も行われるのであろうことは想像に難くない。ただ一つ、理解に苦しむのは、何故秘匿されていることをアザトに話したのか。


「ああ。幸い生き残りが多かったからな。隠蔽には手間取りそうだが、集団に幻覚を見せるような薬物テロとして処理される予定だ。で、ここからが本題なんだが、お前さん、警察に協力する気はないか?」


 警察への協力の打診。それがアザトに事情を話した理由。ならば、無理だ。


「俺は、3年前に殺人の罪を犯し、ついこの間まで少年院にいました。警察の正規部隊への配属は不可能と判断しますが」


 罪を犯したことがあるものは警察官になれないという規定があるという話を、アザトはどこかで聞いたことがあった。真偽を確かめてまでは、いないのだが。


「大丈夫だ。警察とは別の組織だからな。お前さんのような、銃火器なしで異形と戦える『適合者』を集めて異形に対抗しようとしている、出来立ての組織だ。まあ間違いなく危険な目には遭うと思うが、それでこそ人生だ。チャンスを逃さず秘密組織に入隊し、スリルと興奮を堪能すべきと思うが?」


 ……凄いじゃないアザトくん! やろうやろう!


(姉さんがそういうなら)


 なぜかノリノリの姉に少しばかり引きながら、しかしアザトは首を縦に振った。


「明日にでも、ご挨拶に伺えればと」


「ああ、お膳立てしておく」


 そのまま去っていく警官たちに、拘束を解いて家に帰してくれと頼むのを忘れたことに気が付いたアザトだったが、後の祭りなので気にせず寝ることにした。

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