鬼は先輩
結局、翌朝目を覚ますまで、アザトは拘束され続けていた。
「すまない! 君の拘束を解くのを忘れていた!」
「そうですか。お気になさらず。いい寝心地でした」
あわただしく部屋に突入してきた警官に皮肉としか聞こえない台詞を返しつつ、アザトは大きく欠伸をし、部屋にかけてある時計に目を向けた。
「ところで、今から学校に向かうと遅刻するので連絡を入れたいのですが」
拘束を解いてくれている警官に、アザトはあくまでのんきな口調で告げた。
「電話を入れよう。番号はわかるかい?」
「昨日入学式で配布された生徒手帳に書かれています。……これです」
アザトは拘束の解かれた腕で懐から取り出した生徒手帳を警官に渡した。
「ときに何故、朝になって俺がまだここにいることが分かったのですか?」
業務開始時間になってチェックが入ったなどというのなら公務員であることもあり、もう少し遅い時間に気付くはずである。無論担当者が何かの拍子で思い出したという可能性はあるのだが。
「さっき、君の彼女が署まで訪ねてきたんだよ。早朝に家に迎えに行ったがいなかった、とね」
返ってきた答えは、あまりにも意外なものだった。
恋人どころか、昨日の入学式で家の住所を誰かに言った覚えはない。
「彼女? それどころか俺の家を知っている女子生徒に心当たりがありません」
そう返すと、警官は不思議そうに首を傾げた。
「ふむ、まあ、会ってみてくれ。なんで君の住所を知っていたのかも、本人から聞くといいだろう。少なくとも私には分からないからね」
もっともだと首肯を返し、アザトは警官に連れられて部屋を後にした。
「あ、先輩!」
警察署の総合案内にいたのは、竜神ツバキ。一ノ瀬アザトなどを心配する人間は守護霊を除けば彼女くらいなものなので、アザトにとってもそれ自体はあまり意外でもない。それ自体は。
「竜神さん、どうやって俺の家を知ったんだ?」
自宅を彼女に言った覚えはない。他の誰かが漏らしたという線が濃厚だが、その場合にはプライバシーの何たるかについてその人物に説教せねばなるまい。
「私の家、先輩が借りてるアパートの大家ですから」
どうしようもなかった。入居者リストを娘に見せるななどというクレームをつけることも一応可能ではあるにせよ、それは少々無茶というか、いちゃもんの範疇に片足を突っ込んでいる。
「電話連絡が済んだ。二人とも公的事由での遅刻と認定されるそうだ」
頭を抱えたアザトに生徒手帳を渡してきたのは、先ほどの警官。
「ありがとうございます。では、失礼します」
「さ、先輩、行きましょう」
生徒手帳を受け取ったアザトの手を取り、ツバキは歩き出した。それはまだいい。まだいいのだが。
「ああ。だが、その先輩というのは……」
「やめませんっ♪」
やめてくれという前から断られてしまった。
……。
(嫉妬やめい!)
生前となんら変わらず弟が大好きな姉に、アザトは鼻血をこらえるのであった。
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