鬼の登校
一ノ瀬アザトと竜神ツバキが校門に滑り込んだのは、予鈴の鳴り終わり、ぎりぎりの時間であった。(鉄窓学園では校門を予鈴までにくぐり、本鈴までに教室に座っていなければならない)
忌々しげな視線を寄越す生活指導教員を刺激せぬよう静かに足早に、二人は校内へと歩を進めていく。と。
「あら、おはよう。一ノ瀬君」
下駄箱を通り過ぎたところで、アザトは生徒会と書かれた腕章を身に着けた女子生徒に呼び止められた。
「はじめまして。生徒会長閣下。おはようございます」
「お、おはようございます」
二人は挨拶を返し、足を止めた。生徒会長が、何か話がある顔で近づいてきたからだ。50センチほどの距離まで近接し、生徒会長はアザトをしげしげと観察した。
「私のこと、知ってるのね」
たっぷり30秒ほどの観察ののち、生徒会長が口にしたのは、先刻アザトが彼女を生徒会長と識別できたことに対してであった。
「はい。入学式の、在校生式辞の折に存じ上げました」
「そう、まだあの時は起きてたのね」
アザトの言葉に入学式の時を思い出してか、生徒会長は失笑した。
「眠気を堪えていたこと自体はばれていましたか」
「バレてたってレベルじゃないわよ」
「と、言いますと?」
ため息をつく生徒会長にアザトは目をすっと細めた。
言いづらそうに頭を掻きながら、諦めたように生徒会長は口を開いた。
「入学式から居眠りかました本年度入学生の中では随一の要注意不良生徒、それが職員の間でのあなたの認識よ」
それに反応したのは、横にいたツバキ。
「そんなこと……!」
食って掛かろうとするツバキの前に腕を出し、彼女を制止しつつアザトが返した。
「俺自身の悪行を知る俺からすれば、それは当然、むしろ温情的な評価かと」
「そう。まあなんにせよ、その汚名を挽回していかないと社会に出る時に大いに困るわよ。人生全部と引き換えにしてでもやりたいのなら止めないけど」
卑屈なのか嫌味なのか全くわからないアザトの言葉に、生徒会長はあくまで穏やかに忠告した。
「肝に銘じます」
その善意を無にはしない。そう誓うかのようなアザトの返答。
生徒会長は満足げにうなずいた。
「よろしい。じゃ、急ぎなさい」
「はっ!」
素直な返答を返すアザトが立ち去ろうとした直後。
「それと、ええと……」
ツバキを指さし、そこで言葉に詰まった生徒会長。
その意図を汲み、アザトがツバキを示し、言った。
「紹介が遅れました。会長閣下、こちらはクラスメイトの竜神ツバキです」
その紹介を受け、生徒会長は言葉を続けた。
「そう。竜神さん。あなたが彼をどう思っているのかは知らないけれど、彼はこれからしばらく不良生徒として扱われ続けると思うわ。だから、彼と関わるなとは言わないけれど、『不良生徒と親しくしている』と周りに思われることを覚悟したうえで、彼と関わりなさい」
また、生徒会長はツバキの逆鱗に触れた。
「先輩は不良なんかじゃ……!」
今度はアザトが後ろから組みついた。
「君がそう思うことと、他の者がそう思わないことは別問題だ。会長閣下はそう仰っている。……急ごう。じきに本鈴が鳴る……失礼します」
このまま生徒会長とツバキを同席させるのは危険と判断したアザトは、暴れるツバキを引きずって教室へ向かった。傍から見れば、いささか危険な光景であったが。
「不良、をやるような子には見えなかったけど……どうなのかしら」
その生徒会長の呟きは、二人に届くことはなかった。
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