鬼の志願
「一ノ瀬君」
その日の放課後、終礼後すぐ帰ろうとしていたアザトを、教室の入口から呼ばわる声があった。
「会長閣下、俺に何か御用ですか?」
入口まで向かい、用向きを尋ねる。
すると、生徒会長は小さくアザトに手招きした。既に、二人の距離は1メートルを切っているというのに。
不審がりつつもアザトが寄ると、生徒会長はいきなり抱きついてきた。
「なっ……!」
「そんなに警戒しないで。私は、『知ってる』側の人間だから」
耳元で囁かれた内容は、アザトの警戒をはがすには十分だった。そして、突然の抱擁の意味を理解させるにも。
「では、会長閣下も、適合者なのですか?」
その囁き声での質問を受けると同時に、生徒会長は抱擁を解いた。
「そうよ。それと閣下はやめて。私には、高槻ナギサっていう名前があるんだから。……そうね。普通に、高槻先輩って呼んで」
アザトの質問に肯定の返事を返しつつ、生徒会長、高槻ナギサは呼称を改めるように求め、小さく微笑んだ。
「諒解しました」
呼び方が決まったところで、ナギサはアザトの腕を取り、自分の腕を絡めた。
「じゃあ、行こっか」
まるで遊びに行こうとでも言うかのような調子でアザトの腕を引くナギサがどこへアザトを連れて行こうとしているのか。それはもはや聞くまでもない。
異形と戦うための組織に、挨拶に行くのだ。協力を求められれば応えるし、無用と言われれば無関係の人間として彼らの邪魔にならないように生きる。
「はい。行きましょう、高槻先輩……ん?」
ナギサと並んで歩きだしたアザトは、しかし後ろから刺すような視線を感じた。
「……先輩の浮気者……」
怨みがましくつぶやくツバキは、しかし理解していた。浮気などと呼べるような関係を、自分とアザトは構築していないということなど。
「高槻です。一ノ瀬アザトを連れて参りました」
「どうぞ」
繁華街の外れにある雑居ビル。その一室に招き入れられたアザトは、部屋の外のくたびれた空気とは裏腹の峻厳な雰囲気に思わず背筋をただした。そこに在ったのは、まるで映画でよく見る会議室、といった体の、小規模なオフィス。
「ようこそ一ノ瀬クン、特異事例対策特務室へようこそ♪」
が、部屋に入るなりアザトは肩を落として脱力した。
「水神先生……?」
そこにいたのが、自分の担任教師である魅惑的な妙齢の女性であったがゆえに。
「ええそうよ。表の顔は学校の先生、しかし裏の顔は、秘密組織の室長さんなのです! ……うふふ、秘密の多い女って、どう?」
「どう、と言われても」
感想を求められたところで返答に窮するのみ。非日常と日常が斯くも深く結合してしまっては、即時の的確な対応など望むべくもない。
「あら。残念。じゃあ本題に入りましょっか。志願、してくれるんだよね?」
ミユキが口にしたのは、確認の形での、協力を求める言葉。ならばそれに応える言葉はただ一つ。何故ならば、既にしてアザトは決断しているから。
「そのつもりです」
「即答だね。決め手を聞いてもいい?」
「あるにはあるのですが、説明に苦しみます」
ミユキの、動機を知りたいという問いには返答に窮する。なにしろアザトが志願を決めた理由は……。
……幽霊に言われたからって、言えないものね。
他の誰にも認識できない、自分に取り憑いた守護霊の意志なのだから。
「そう。無理に言わなくてもいいわ。……高槻さん、後で皆の紹介をするから、今のうちに呼び集めておいてくれる?」
「はい」
ミユキはあくまで柔らかに、ナギサを下がらせた。
「これから、私達の敵について話をするね。2人っきりの特別授業よ。どう? 一ノ瀬クン、嬉しい?」
ナギサが外に出たのを確認したミユキはアザトの頬を撫でつつ、蠱惑的に微笑んで見せた。が。
「補習を受けているようで、嬉しくはありません」
などと、アザトは頓珍漢な答えを返すのだった。
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