鬼の敵

「さて、私達の天敵、異形と、それに唯一対抗できる人間、適合者についての講義を始めます。長いけど寝ないで聞いてね?」


 放課後の雑居ビル。教室はその一角。教師は一人。生徒も一人。先ほどまで同席していたもう一人の生徒は、現在席を外している。


「3年前に現れた私達人類の天敵、異形は人の姿をして人の社会に紛れ込んでいるの。それも、ちゃんと戸籍に載っていることなどから人知れず人を殺して、その人に成り代わる形で紛れ込んでいるものと推測されてるわ。また、現在まで異形に殺された人の遺体が見つかっていないことから、その殺害形態は捕食と思われてるの」


 たった一人の生徒、アザトに向かい、同じくたった一人の教員、ミユキはホワイトボードに要点を書きつつ説明した。


「異形による、人間の捕食と擬態……」


 それがどれほど恐ろしいことなのか、アザトは自分の身近な人に置き換えて考えてみた。最愛の姉が実は人類の天敵に食い殺され、今目の前にいる姉は人類の天敵による擬態。そのことに気付くこともできず、偽物の姉を愛し続ける自分。


 控えめに言って、吐き気がする想像であった。


 ……寝取られ……。


(黙っていてくれないか)


 控えめに言って、授業の邪魔であった。


「異形は銃弾でも有効なダメージを与えられない身体強度を持っているので、普通の人ではまず太刀打ちできないの」


 ホワイトボードに大きく、『つよい』と書いたミユキは、即座に『適合者』の文字を書き加えた。間に、『対抗』の文字を書き添えて。


「唯一と言っていい対抗手段が、強化人間(ブーステッド)、その適合者よ。ナノマシン強化手術によって異形に対抗する力を得た人を強化人間、その手術に耐えられる人を適合者っていうの。それでも、十分に対抗できているわけではないけどね」


 そんなものが実在したなどとは、アザトは今の今まで想像だにしていなかった。


「これまで、異形は一体ずつ出現していたので、それでもなんとかなっていたの。一昨日や昨日のように、多数の異形が一斉に擬態を解除した例はないわね。しかも二日連続だから、これはもう異常事態よ。この意味、分かる?」


 1体ずつ。それが、唯一の対抗手段であるブーステッドを投入しても十分に対応できなかった『これまで』。今回は、25体もの異形をアザトが一人で殺した。


 だから。


「あの二度の地獄で竜神さんを守り通した俺は第二の戦力足りうる、と?」


 アザトはその意味をそう理解した。


「その通り。理解の速い生徒は好きよ」


 その理解はどうやら正しかったようで、ミユキはアザトにウインクを飛ばした。


「お褒めに預かり光栄です」


「いけず……」


 ミユキが両手を顔に当て、嘆いた。しかし今の問答の何がどういけずなのか、アザトには全く理解できなかった。


「話を先に進めてください」


 もう一度いけず、と嘆いて見せ、すぐに笑顔に戻ったミユキは人差し指を立てた。


「まあ、そういう訳で私たちは一ノ瀬クンの助けを必要としてるの。頑張ってくれると嬉しいな」


「それは無論」


 問われるまでもないことだった。アザトは、もとよりそのつもりでここにいる。


 ……うん、頑張ろうね。


(ああ。姉さんが楽しんでくれているようで何よりだ)


「じゃあ、そうね。次は特務室のエースたち、鉄窓学園生徒会のみんなでも紹介しようかしら。ちなみに今夜は生徒会で歓迎会するから、寝かさないわよ?」


 またウインクなどして見せるミユキに、アザトは真顔で返した。


「明日遅刻したくないので、ほどほどにお願いします」


 ミユキがいけず、と言いつつ手を顔に当てたことは、言うまでもない。

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