鬼の苦戦
踏み込んだアザトが最初に手を伸ばしたのは、人型の異形の心臓。いつも通り、貫手による一撃必殺を狙った攻め。だが、それは異形には届かなかった。
アザトの、今や光にも等しい踏み込みに反応し割り込む、もう一つの敵があった。
「くっ……!」
そしてその敵は、アザトが殺すつもりのない敵。システムTTと呼ばれた、竜神ツバキ。必定、その貫手は急停止を余儀なくされる。それと同時に、ツバキの華奢な脚からは想像もつかない強力な蹴撃がアザトの顎を打ち抜いた。
「いいぞ、システムTT! 奴を八つ裂きにしろ!」
ツバキによって背後にかばわれる形になった異形は、一見調子に乗ってツバキに指示を出しているようだが、しかしアザトの動きから目をそらさず、的確に側面から回り込もうとしてくる。聞こえてくるツバキへの指示こそ、むしろ欺瞞だろう。
それを上空から見るものがあったとしたら、あるいはそれは奇怪な組演舞と映ったかもしれない。回り込み、回り込まれ、竜神ツバキを中心に、異形とアザトが渦を描くように駆ける駆ける駆ける。
(挟み込まれたら最後だな)
近接しているツバキに十分の注意を払いつつ、視野の片隅には必ず異形を納めつつ、アザトは状況を不利と分析する。2対1、そのうち片方に対し『殺さないように手加減する』必要があり、その片方がもう片方を守っている状況。
端的に言って、攻め手が限定されすぎる。
のみならず、曲がりなりにも異形と、異形を守る程度の戦闘力を持つ敵が相手なのだ。もし、挟撃を許せば。
それはアザトの、即座の死を意味するだろう。
……お姉ちゃんに任せなさい。
(どうしようもなくなったら泣きつく。だがそれまでは、竜神さんを助けることに集中してくれ)
……うん。
頼もしいが、しかし頼もしすぎてどこか不安になる守護霊との作戦会議は即座に終わった。状況の打開はアザトが、その後の処理を守護霊が担当する。後者は守護霊にしかできない。前者は、アザトでもできるかもしれない。二人のできることの差が、二人の方針に議論の余地を与えない。
ただし、アザトは一つ間違いを犯している。
守護霊の意味を、姉の本質を、その力を、まるで想像できていないことだ。
だが、それはこの状況下ではむしろ仕方のないことと言えよう。
間違いなく強敵と呼べる相手を2体同時に相手取り、極度の緊張を強いられた状況での、一触即発の死のダンスを踊っている最中なのだから。
(持久戦に勝機はない)
それが、戦い慣れしていないアザトの結論だった。向こうがこちら以上に戦闘に習熟している限り、ミスを犯す確率が高いのは当然こちら。そのうえ有利不利の差による焦りもある。ならば、残る勝機は、ミスを犯す前に敵の不意を衝くのみ。
アザトは誘いかけるように踏み込んできたツバキに対し引くと見せかけて足を踏みかえ、右の踵落としをその肩口に打ち込んだ。骨折はするかもしれないが、死にはしない程度の威力で。
対するツバキはそれを受け流し、まだ浮いているアザトの右足を肩でなぞるように間合いを詰め、アザトの脇腹に痛烈な左フックを打ち込んでくる。
アザトは右肘を叩き落とすことでフックを迎撃、右足を震脚の要領で即座に地面に落とすと同時に、左足を強引に蹴り出し、その勢いを利用して背面跳躍を敢行した。
まんまと誘いこまれた形になったツバキの顎を、強烈なサマーソルトが蹴り砕く。
(異形の位置を頼む)
……真後ろ! でも、前も気を付けて!
顎を砕かれたツバキは、しかしまるで痛みを感じていないかのように踏み込んで。
アザトの着地点、そのすぐ後ろには異形が待ち構えていて。
(拙い、これは!)
進退、ここに窮まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます