鬼は眠る
病院の一室で目を覚ましたアザトが最初に見たのは、姉の後ろ姿であった。
「姉さん……いや、人違いか」
呟くアザトに気付き、その女性は振り返った。
人違い、とアザトが理解した通り、その顔はアザトの姉のものではなかった。
「お目覚め? 話せる?」
「はい……」
優しげな女性の声になんとか肯定の返答を返しつつ、アザトは体を起こした。
寝たまま話すというのも、失礼だと思ったから。
「『暴動』に巻き込まれた時のことは、覚えてる?」
穏やかな、しかしどこか有無を言わせぬ調子で問うその女性に対し、アザトはすっと目を細めた。
……嘘、ついてるね。この人。
(ああ。だが、その意図も汲める気がする)
……うん。
(秘匿する必要があるのだろう。尋ねたところで無駄だろうな)
……そう思うよ。
結論は出た。深入りしない。そう決めたアザトは、しばらく思い出そうと頑張っているかのようなそぶりで頭を抱えて見せ、軽くかぶりを振った。
「あまり覚えていません。死に物狂いで逃げた、としか」
「そう。男の子でも、あれは怖いわよね。忘れちゃいなさい、ね?」
その嘘を嘘と見破ったかどうかアザトには定かではなかったが、女性は微笑んでアザトの肩を優しく軽く、落ち着かせるように叩いた。
「ところで、俺と一緒にもう一人保護されませんでしたか?」
話題を変えるべきと判断したアザトが咄嗟に口にしたのは、一緒に逃げてきた少女のことだった。が、女性はいささか蠱惑的な動作で小首をかしげて見せた。
「え? そんな子、いないわよ?」
……嘘だね。
自称守護霊の内なる声はそう言っているが、果たしてこの声は本当に信用していいものかどうか。この声こそがアザトの狂気であり、幻聴の類であると解釈したほうがはるかに科学的に納得できる結論であるがゆえに。
「頭打ってるな。検査、お願いできますか。なるべく精密な奴で」
「冗談よ。隣のベッドにいるわ」
女性は相好を崩し、アザトの横、カーテンで仕切られた隣のベッドを示した。
「なんでそんな嘘をつくんですか」
悪趣味にもほどがある、とアザトは嘆息した。
「羨ましいから、かな」
女性はまたも、蠱惑的に微笑んだ。
「羨ましい?」
その言葉の意味を、アザトは図りかねた。
「キミみたいな素敵な男の子に守ってもらえた彼女さんが」
が、すぐにからかわれているだけだと気付いた。
「彼女? 誤解です。そもそも俺に彼女はいません」
だから否定した。
「あら? お姉さんにフリーだってアピールしてる?」
更にからかわれたが。
「それも一興か」
「脈ありかな? お姉さんね、水神ミユキって言うの。どう? 付き合ってみる?」
どこまで若人をからかうつもりなのか、その悪趣味に付き合うのも楽しそうだと思ったアザトだったが、これに関しては、話題が悪すぎた。
「やめておきます。女の人と付き合う自分の想像がつかないので」
不可能なのだ。無理なのだ。『あの人』意外と恋仲になる自分を想像することなど、アザトには。
「あら。残念」
うふふ、と魅惑的に微笑み、女性は病室を後にした。
それを見送ったアザトは、もう一度眠りに落ちるのであった。
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