東京ブーステッド-AIN SOPH AUR-
七篠透
第0章:守護者と出会った日
鬼が来る
交差点。
いつも通る、街中の交差点。
しかし、そこにある光景はいつも通りではなかった。
悲鳴を上げながら逃げ惑う人々。それを蹂躙する、怪物。
異形の何者かは、仇討ちさながらの執拗さで人々を襲い、一人ひとり念入りにその命を奪い、そして確実に殺し切ってから、また次の獲物へと襲い掛かっていた。
逃げ場はない。
あるのは、絶望のみ。
それが、一ノ瀬アザトを襲った悪夢の、始まりだった。
へたり込む少女に飛び掛かった理由を、アザトはその行動の最中に忘れた。
少女を突き飛ばした直後、体のどこかに走った激痛がその意味を思い出させたのは、神の気まぐれか悪魔のいたずらか。
思い出したからと言って、それが何か、アザトを利することもなく。
一ノ瀬アザトは死んだ。
異形に貫かれ、血と臓物を撒き散らし、何も救えず、何も守れず、ただ無意味に。
……死なないで!
永遠の友となるべき静謐に意識をゆだねようとした刹那、アザトは誰かの否定の声を聴いた気がした。
直後、アザトはまた、へたり込む少女を目に留め、飛び掛かった。
無意味な救助だ。救ったところで伸びる寿命は2秒か3秒。
アザト自身という二次被害を無意味に生み出すだけ。
最愛の姉を殺した己が、今更一人救ったところで償いになどなりはしない。
それでもアザトは、飛び掛かる。
……だめ!
誰かの制止の声を振り切って、一ノ瀬アザトは死んだ。
目に止めた少女を救おうと飛んだ。
誰かが避けろと言った。
蹴る地面がなくて死んだ。
死んだ。
死んだ。
死んだ。
謎の声と根競べでもするかのように、一ノ瀬アザトは死に続けた。
やがて、誰かの声は悲しげに、諦めを告げた。
……どうしても、助けたいんだね?
肯定。
返答したのか、首肯だったのか、はたまた意志のみで答えたのか。
それを受け、世界が、歪んだ。
一ノ瀬アザトは疾風の迅さで少女を救い、そして異形の群れから抜け出した。
それは偽りの奇跡。
有り得ない可能性を悍ましい力で成し遂げた、異形を超える怪異。
だから。
世界は一ノ瀬アザトという異物を『吐き出した』。
だが、一ノ瀬アザトはそこにいた。異形の、刃とも爪とも牙ともつかない何かをかいくぐり、少女を横抱きにして走っていた。確かに、偽りの奇跡を顕現せしめ、世界から排斥されてなお存在を続ける背理がそこに在った。
(凄く……長い旅をしていたような気がする……)
感慨は、しかし一瞬で嚥下する。そんなことは後でやればいい。……今は。
……そのまま走って次の角を右。警察の機動隊が来てる。助けてくれると思うよ。
「ところでお前は誰だ」
謎の声に、アザトは正体を訪ねた。声に出して。
当然、それは腕の中にいる少女にも聞こえるわけで。
「わ、 私は鉄窓学園中等部3年の、竜神ツバキです」
その場に他に誰もいないとなれば少女、ツバキが誤解するのもむべなるかな。
「俺は高等部1年、一ノ瀬アザト」
脳内に住む我儘フェアリーと話している、などという、時と場所を間違えれば黄色い救急車を呼ばれかねない事情を話すわけにもいかず、アザトは自己紹介を返した。
……私は、アザトくんの守護霊、かな。
一方、脳内に響く声もまた、アザトの問いに答えていた。
そしてその正体には、心当たりが一つだけあった。
(俺の守護霊をやるような物好きには一人しか心当たりがない)
……うん。多分、それで合ってるよ。
曖昧な問いに帰ってくるのは曖昧な答え。当然だ。
だが、その話し方の癖は、アザトの予想を裏付けるに事足りた。
忘れもしない人だ。かつて犯した、拭えない罪とともに。
何故今更になって現れたのか。それだけが、分からなかったが。
「生存者発見! 学生2名!」
機動隊の誰かが自分を認識した。それを理解したアザトはひとつ大きく息を吐き、意識を、手放した。
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