鬼の結論
その日、竜神ツバキを伴わずに生徒会室に向かった一ノ瀬アザトは、生徒会長、高槻ナギサに叱責を受けていた。
「護衛を一ノ瀬君に任せた理由、分かってるわよね?」
苛立ったような表情でアザトを睨めあげ、ナギサはアザトに尋ねた。
「俺と竜神ツバキ、どちらが異形の狙いであろうと同じ手段で対処可能であるから、だと愚考しておりましたが」
「そう。その通りよ。それが分かっているのなら……」
そこで一度大きく息を吸い、ナギサはため息をついた。
「なんで、自分を彼女の護衛から外せなんて言うのよ。クラスも同じ家も近い、ちょっとだけ時間を調整して一緒に行動するだけでしょ? 周囲の警戒が負担って言い分は通らないわよ。一ノ瀬君自身も狙われている前提なんだから」
「理由は二つあります」
何故、と問われれば理由をこたえなければなるまい。アザトは反語などという高等な表現に習熟していないのだ。
「二つもあるの? じゃあ一つずつ言ってみて」
反語のつもりだったナギサは当然頭を抱え、しかし頭ごなしに否定はせずにアザトに続きを促す。
「今朝俺を襲撃した一体の異形が、狙いが俺であることを俺に宣告してきました。前後の状況から、それがフェイクである可能性は極めて低いと判断します」
それが、一つ目の理由。すでに竜神ツバキを護衛する理由はなくなったと考えていい理由。なるほどこれが真実なら、アザトの言にも一理あるとナギサは納得した。
「後で詳しく聞かせて。もう一つは?」
このレベルの理由が二つもあるとなれば、もはや議論の余地なくアザトによるツバキの護衛は中止だ。だから、ナギサは姿勢を正して続きを促した。
「俺は竜神ツバキに、嫌われてしまったようです」
二つ目の理由は、一つ目に比べてあまりにもしょうもなかった。
「……そう」
どういう反応を返すのが正解なのかわからないまま相槌だけを返したナギサは、しかし既に最初の理由による護衛中止の価値を判断する程度には冷静だった。
「以上の理由では不足でしょうか」
「嫌われただけなら、土下座してでも仲直りしなさいっていうところだったんだけどね。朝の件が気になるわ。襲われたときのことを詳しく話して」
詳しく、と言われたアザトはしかし嘘にならない程度に真実をぼかして伝える必要があった。昨日の現実改変のことを伏せる必要があったからだ。
「異形と言いはしましたが、シルエットは人間に近い個体でした。その個体は激昂した様子で、俺のせいで種族の生存可能性が完全に断たれた、その復讐であるといった旨のことを言いながら俺に銃を連射しました」
「それで?」
「弾倉の弾を撃ち尽くしてなお俺を殺せなかったその異形は撤退しました」
そこまで聞いて、ナギサは少し考えこんだ。そして、出た結論は。
「つまり、ここ数日起こっていた3回の大規模な異形の出現は、異形にとって最終決戦だったってことなのかしら?」
誤りだ。異形の出現はおそらく、現実改変などというとんでもないことを実行できる一ノ瀬アザトがその力を認識する前にアザトを殺すことを目的としたもの。
それが失敗し、おそらくは切り札である竜神ツバキを投入した結果大規模な現実改変をアザトが行う結果となり、異形の滅びの運命が確定した。それが、現実改変が行われた事実を認識しているアザトの見解だ。
だが、そんな説明を実行できる度胸を、アザトは有していなかった。その説明をしてしまったが最後、アザトはもはや人として生きることはできなくなるだろう。その未来を、アザトは容易に想像できた。
だから、アザトは首肯を返す。誤りに、同意を示す。それは間違いなく悪行であった。己の保身のために、相手を危険にさらしかねない嘘をつく。
だが、アザトはその嘘をついた。
一つの罪を重ねて多くの償いをする時間を稼げるのなら、そんな危険な思考で、際限なく罪を重ねる道に足を踏み入れてしまったことに、良心の呵責が少しずつ崩れ去る危険な状態に陥りつつあることに、まだ、アザトは気づいていない。
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