鬼の逢瀬
「竜神さん、
一ノ瀬アザトはホームルーム終了とほぼ同時に、竜神ツバキに声をかけた。
「はい。どうしたんですか?」
「いや、今日は帰る前に寄り道をと思ってな」
そっぽを向き、人差し指で頬を掻きながらそんなことを言うアザトに、ツバキは歓喜を隠そうともせず飛びついた。
「勿論、ついていきます!」
そんな二人を、教室にいる生徒たちは生ぬるい視線で見守っていた。
アザトがツバキを連れて向かったのは、鉄窓学園校舎の裏手にある高台であった。
アザトの推論が正しいなら、ここまで人気がなければそもそも偶然を装うどころではないため、人間に擬態した異形による襲撃は忘れていいはずだ。
少しでも、ツバキに安らげる時間を取らせようという、アザトなりの気遣いだった。護衛にアザトがいることは我慢してもらうほかいなが、昼の一件もあってアザトは其処の心配はしていなかった。
が、ツバキはツバキで全く違うことを考えていた。
既に互いの心を通じ合わせた想い人に誘われて人気のない場所に来たのだ。一抹の不安とともに甘い期待をしてしまったとしても、誰が彼女を責められようか。
その想い人がまるでそんなことを考えず、気遣いのみでこんなところに連れてきているのだから、彼女は果たして幸福なのか不幸なのか。
本人に尋ねれば、想い人と一緒にいられて幸せだと答えそうだが。
だが。
並んで街を見下ろしたまま30分も無言の時間を過ごせば、気分も変わってくるというもの。要するにデートとしてまるで盛り上がっているように思えないわけで。
「先輩……」
「どうした?」
切なげな声で自分を呼ぶツバキをアザトが振り返れば、アザトを見上げる格好のまま目を閉じているツバキがそこにいた。
「ああ、なるほど。そう誤解させてしまったのか」
その体勢の意味を読めないほど鈍感でもなかったアザトは苦笑した。
「えぇぇ!?」
アザトは分かりやすくショックを受けたツバキから目線を外し、また街を見下ろしながら説明した。
「君に手を出すつもりでここに来たわけじゃない。いつ異形が襲ってくるかもわからない状況だからな。落ち着ける時間が必要だと思った。俺にも、君にも」
……アザトくん、初志貫徹が常にいいこととは限らないんだよ?
守護霊が忠告してくる程度には、アザトは選択を誤っていた。が、そのことにアザトが気づいた時にはいろいろと手遅れであるわけで。
「ひどいです……私のときめき、返してください!」
ツバキは思い切り機嫌を損ねていた。
「どうすればいい?」
……それ、怒ってる本人に聞いちゃう?
守護霊の指摘は的を得ていた。すでにして機嫌を損ねているツバキがそんな間の抜けた質問に懇切丁寧に答える道理など、この世には存在しないのだ。
「……ん」
だが、ツバキは懇切丁寧ではないにせよ答えを返す寛容さを持ち合わせていたようで、言葉にこそしなかったが、アザトに次の行動を求めた。
アザトがそれに応えようと半歩、体が密着しかける間合いまで踏み込んだ刹那、アザトの耳は一人分の足音をとらえた。
「おや、お邪魔だったかな」
若人の逢瀬を邪魔したことに対する自嘲めいた言葉を漏らすその人物は、しかし、人間の外見をしていなかった。
シルエットは、人間に近いといえる。だが、皮膚の色は白色人種系ものでも黄色人種系でも、黒色人種系でもない、およそ地球人類の自然な体色とはいいがたい、深い紫。青紫のその肌は、それだけでアザトに異形を思い出させた。
だが、骨格はむしろ異形というより人類の側に近かった。体の一部が肥大化、武器化するようなことはなく、アザトより一回り大きいだけの体躯に、人と同じパーツが過不足なく揃った全身。
それは、限りなく人に近い、異形だった。
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