鬼の恋人
「先輩、今日のお昼はどうします?」
その日、昼休みになるなりツバキはアザトのもとを訪れた。それを含め、ここ数日の二人の密着具合を知るクラスメイトはもはや二人の交際を信じて疑わない。
「君が決めるといい」
「もう、いつもそれなんですから。まあいっか。行きましょう、先輩」
アザトの態度に不平を漏らしながら、しかし目的地を学生食堂に定めてアザトの腕に抱きつきつつ歩き出すツバキ。
(こういうことをされると、信じそうになるな。自意識過剰というものだろうが)
……何を信じそうになるの?
(彼女が俺に懸想しているということを、だ)
……むしろまだ疑ってるんだ。
アザトが心ここに在らずといった状態であるのは、こうして守護霊として自分に取り憑いている姉と頻繁に話しているからなのだが、それはツバキも知らない。
黄色い救急車を呼ばれる可能性を考慮し、唯一その事実を知るアザト本人が沈黙を保っているのだから当然といえよう。
「よう、お二人さん」
気づけば学生食堂についていたアザトは、そんな気さくな声に肩をポンと叩かれ、いささか狼狽しつつ振り返った。
「時雨坂の。御昼食ですか」
そこにいたのは、時雨坂シュウ。
「それ以外に何があるんだよダンナ、一緒に食ってもいいか? 今なら美少女が2人ついてくるぜ」
シュウが示した後ろには、無言で突き刺すような視線をアザトに寄越す姫川アリサと涙目で怯え切った視線を寄越す神宮寺サクラの姿があった。
「それは、魅力的な提案です」
敵意と恐怖。極悪人に向けられるに相応しい感情を満喫し、アザトはどこからどう見ても立派な犯罪者に見える悪い笑顔で応答した。
「せーんーぱーいー?」
ツバキはアザトを呼びながら、関節技でもかけているつもりなのか腕に抱きつく力を強める。そんなことをしてもそもそも関節に力がかかるわけでもなく、ただ密着の度合いが増すだけなのだが。
「この程度の軽口にまで嫉妬するな。可愛すぎて鼻血が出る」
鼻血が出そうなのは別の理由だったりするのだが、アザトは敢えてそれを口にしない。公衆の面前で少女を辱める悪趣味は持ち合わせていないのだ。
「えぅ……」
アザトにとってはもっけの幸い、軽い言葉責め(?)で羞恥を覚えてくれたらしく、ツバキはおとなしくアザトを離した。
「ええと、ダンナ、お邪魔だった?」
そのやり取りを見て、1メートルほど間合いを離したシュウは引き攣った顔でアザトに尋ねた。
「そのようなことは、決して」
「一之瀬、お前が思っていなくても、お前の同行者が思っている」
否定したアザトに間髪入れず返したのは、ずっとアザトを睨みつけていたアリサ。
「わ、私も……そう思います……」
震えながら同意を示す神宮寺サクラを見て、初めてアザトは横にいるツバキが不満げに頬を膨らませていることに気が付いた。
「竜神さん、どうしたというんだ」
当然、彼女に何か無礼を働いた覚えもないアザトとしては尋ねるしかない。
「だって、先輩私に笑ってくれたことなんてないのに、そっちの二人には凄く嬉しそうに笑って見せるんですもん」
返ってきた答えは、あまりにも可愛らしい理由であった。
「いや、あんな悪人面の笑顔向けられて嬉しいか?」
更にシュウとの距離が広がる。こうなってしまえば、シュウの一緒に昼食を取ろうという気づかいももはや形無しである。
「どんな笑顔だっていいんです……好きな人が自分に笑いかけてくれないことが辛いんです……先輩が……好きなんですよぉ……」
シュウの一言で何かが決壊したのか、ツバキはべそをかき始めた。それこそ幼い子供のようなそのしぐさに、自然と周囲からの視線も集まってくる。
「済まない。君がそんな風に思っていたとはまるで気づいていなかった」
……アザトくん、GOGOGO!
何がどうGOなのか分からないまま、何かの義務感に衝き動かされ、アザトはツバキの頤を反らさせ、その唇を奪った。
以後しばらく、2人は大多数の生徒の前で公開告白をかましたバカップルとして語り継がれることとなったそうな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます