鬼の誤解

 その日の放課後、一ノ瀬アザトは竜神ツバキを生徒会室に連れて行った。


「あの、先輩、どうして生徒会に?」


「すぐに分かる」


 などと、アザトの態度はいささか強引なものであったが、ツバキはされるがままについて来ていた。


「高槻先輩、竜神ツバキを連れてまいりました」


「ありがとう。入ってきて」


 形式通りのノックと挨拶に、返ってくるのはいささか崩れた入室許可。


「ようこそ。さて、竜神さん、急に連れてこられて困惑してると思うけど、大事な話があるの。落ち着いて聞いてね」


 入室した二人にあらかじめ用意しておいた席を手で勧めつつ、中で待っていた生徒会長、高槻ナギサはツバキの目をじっと見て言った。その所作が相手をどうしようもなく緊張させてしまうことを、果たしてナギサは理解しているのかどうか。


「は、はい……」


「今朝のことは、覚えてる?」


 傍目にもはっきりと分かる程に緊張しているツバキに、ナギサが最初に投げかけたのは、『覚えているか』という質問。恐怖から記憶が混乱していないかの確認。


「忘れました。忘れたほうが先輩が喜ぶからって」


 ツバキが返したのは、意図的に忘れた、という、一見素っ頓狂な回答。


「そう。じゃあ、そこから話すわね」


 しかし、ナギサはいちいちそこを斟酌しない。


「せ、先輩……」


 ナギサの有無を言わさぬその態度に、ツバキはいささか怯えてアザトを見上げた。


「頼む。大切な話なんだ。落ち着いて聞いてくれ」


 そのアザトからこう言われてしまったのでは、もはやツバキに逃げ場はない。


 覚悟を決めるかのように唾を飲み込んだツバキを真っ直ぐに見据え、ナギサはしばしの逡巡ののちに口を開いた。


「あなたは、異形っていうバケモノに襲われたの。それも、3回もね。そもそも3回も連続して異形が大量に現れたこと自体普通じゃないのに、それがあなたを狙っているみたいって推論が成立してしまって、私達も慌てているの」


 それはツバキにとって、驚愕すべきと呼ぶには十分すぎる内容であった。一撃のもとに人間を即死させうるうえ、拳銃も通じないような怪物が、なぜか自分の命を狙っていると言われたのだから。


 それは、通常ならば死刑宣告にも等しい。だが。


「だから、一ノ瀬君を竜神さんの護衛につけようと思うの。一ノ瀬君なら、竜神さんも安心でしょ?」


 現状では少なくとも一つ、それを防ぎうる手段がある。3度の地獄からツバキを守り抜いたアザトが、ここにはいる。そしてそれこそが、現状唯一の勝算であった。


 ツバキには言っていない、アザトが狙われているという可能性も加味しての、反攻手段。ツバキまたはアザトを餌とし、異形を釣ってアザトという釣り針の餌食とする。単純で原始的な、作戦とも呼べない作戦。


 そんなものに頼らなければならないほど、異形については情報が不足していた。


「それって、先輩がずっと一緒にいてくれるって意味ですか?」


 が、ツバキがそんなことを知るはずもなく。


「まあそうなるわね」


 自分の命が狙われているという状況を正しく理解しているのだろうか、とでも言いたげにナギサが首を傾げ、アザトはその様子を間の抜けた顔で見ていた。


「先輩は、そのことを了承してくれたんですか?」


 だから、質問の矛先が自分に向いた時、アザトはその意味を理解できなかった。


「断る理由があるのか?」


 即答よりも意味を強める反問を返したのが、アザトの致命的な失敗だった。


「それって、そういうことですよね?」


「ああ、そうなるな」


 どういうことなのか、その確認が互いに欠如したまま、話は進む。


「不束者ですが、宜しくお願いします、先輩♪」


「不束者?」


 だからアザトは、ツバキが何に喜んでいるのかわっぱり分からなかった。


(命の危機を楽しめるタイプには見えなかったのだが)


 ……アザトくんのアホ……。


 弟のこの体たらくには、姉もすっかり呆れ果てていた。

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