鬼の推論

「で、ダンナがほとんど一人で異形を殲滅したあたりで警官隊が来てくれたんだ」


 鉄窓学園高等部生徒会室で、生徒会庶務、時雨坂シュウは生徒会長、高槻ナギサに朝の一件の報告を行っていた。


「警察からの報告だと、逃げようと信号無視した車が事故を起こして双方の運転手が亡くなった以外には死傷者もないようね。一ノ瀬君、お疲れ様」


 言っての通り警察から届いた報告書と思われる書類に目を通しながら、ナギサは其処に同席していた陰鬱な少年、一ノ瀬アザトを労った。


「慰労など無用に願います。それより、高槻先輩に報告申し上げたいことが」


 労いの言葉を軽く流し、陰鬱なままの声でアザトは言った。


「何かしら」


 問い返すナギサに、アザトは一礼してから口を開いた。


「過去三度の異形の大量発生、共通項がありまして」


「というと?」


 促され、アザトは数少ない経験から導き出した推論を述べる。


「俺と竜神ツバキが同時に、公共性のある場所に、言い換えれば、偶然を装い多くの擬態した異形を集めることが可能な場所に、留まった場合です」


「ああ、そのこと。私もそれは考えたわ。でも無理よ」


 即座に、ナギサはその可能性を棄却した。


「交差点で止まる時間なんて30秒もないでしょ? 未来予知でもできるならともかく、そこに偶然を装って異形を集めるなんて芸当、できると思う?」


 ナギサの言うことはもっともだ。それができるのなら一ノ瀬アザトと竜神ツバキの行動を監視し、予測し、偶然を装えるだけの準備をし、そこに戦力を集めるだけの入念な下準備と、臨機応変に二人の行動に対処できる緊密な連絡を為し得ているということにほかならない。


「敵の指揮官が諸葛孔明並みの慧眼の持ち主であれば」


「いると思う? 肉体の異常な強さだけを頼りに原始的極まる鉤爪で殴りかかってくるような異形の中に、そんな知的な個体が」


 アザトの抗弁に、苛立ったようにナギサは敵の原始性を述べる、が。


「少なくとも、人間を外見のみならず模倣し擬態する能力は人間並みの知性を前提とするものかと愚考します」


 人間の変装でも自分より頭のいい人間に完璧になりすますことなどできないという当たり前の事実が、異形の知性を保証する。アザトの論点はそこにあった。


「なるほどね。じゃあ指揮個体がいれば、それは諸葛孔明並みであってもおかしくはないっていうわけだ。……うん?」


「お気づきになりましたか」


 そう。諸葛孔明並みかどうかなど問題ではない。知性がある。この一点こそ、アザトが主張していることの要点。


「能力が諸葛孔明並みかは置いておいて、もし指揮個体がいるなら、今まで1体ずつしか現れなかった異形が急にまとまって現れたのも説明がつくって言いたいのね?」


「御意」


「潜伏から攻撃への命令変更ってか。なるほどね」


 話を理解したナギサとそれに低頭するアザトの二人を見て、今まで沈黙を保っていたシュウが、納得顔で口をはさんだ。


「とすると彼らの行動は何らかの作戦に則った行動ということになるけど……3度の襲撃に居合わせた一ノ瀬君と竜神さん、片方ないし両方が狙われているとしたら?」


 ナギサは即座に頭を切り替え、敵の作戦目的を探り始めるが。


「狙われているのは、まあまずダンナだろうな。異形にとって脅威なのはダンナだ」


 シュウの言う通り、アザトが狙われていると考えるのが妥当だろう。数十の異形の攻撃を生き延び、あまつさえ撃破すらしているアザトは、先の諸葛孔明にあやかって三国志演義で喩えるなら呂奉先か関雲長といったところだ。一個人が脅威となりうる時代は遠く昔に過ぎ去ったとはいえ、敵に回して嬉しい存在でもない。


「竜神さんという可能性も捨てきれないわね。まあ、どっちにせよ異形に狙われている方を餌に敵を釣って潰しましょうか。それなら戦力を集中して当たれるし」


 その結論に至るには、さしたる時間は必要なかった。

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