鬼の友
逃走を決定してからはや5分。ツバキを横抱きにしたまま、アザトは異形の猛攻に晒されていた。
今のアザトにとって、異形の攻撃を回避すること自体はたやすい。両手がふさがった状態でツバキを守り抜くことも、困難ではない。
問題は、その状態で突破できるほど異形の攻撃が緩やかではない、ということだ。
言い換えれば、攻撃が激しすぎて避けるので精一杯。
(異形にも人間臭いところがあるんだな)
身を捻って背後からの一撃を躱しつつ即座に横手から飛んでくる鉤爪に蹴りを叩きつけ、その足を回すようにして鉤爪を絡めとり、地に落とす。それを踏み砕いて上空へ身を躍らせながら、アザトは自分でも驚くほど冷静なまま守護霊に話しかけた。
……どういうこと?
(奴らの狙いが竜神さんだという仮定の上でだが、1回目の交差点での襲撃で無差別攻撃を行い、竜神さんを仕留めそこなった。2回目の喫茶店で竜神さんに狙いを絞り、25体でかかって阻止された。そして3回目の今、俺達を囲んでいる異形の数は25ではきかないように見える。明らかに、一回一回学習し対処してきている)
空中でツバキを取り落とさぬよう身を捻りつつ推論を述べるアザトは、しかし異形がなぜそのような行動をとるのか、という根本までは行きつかなかった。すなわち、何故竜神ツバキが狙われているのか、竜神ツバキが狙われているのなら、何故暗殺のような手段を取らず、公然と襲い掛かるのか。
……そうだね。
守護霊の同意は、どこか遠かった。何か知っているのかもしれない。が、無理にその理由を聞き出す必要もあるまい。単に、浅薄に過ぎるアザトの推論に同意することに躊躇しているだけなのかもしれないのだから。
アザトが着地した瞬間、それを狙ってか揉み潰さんとばかりに殺到してくる異形。その同時攻撃に二本の足のみで応じるには、無理がある。
進退、ここに窮まる。
はずだった。
「ダンナ! お待たせ!」
アザトが一度両腕を開けるために上へと放り投げたツバキ。彼女を空中で飛び掛かるようにして受け取り、そしてツバキの体が潰れてしまわないように柔らかく着地する長髪の少年が、一人。
「時雨坂の、恩に着ます!」
言いながら、両の腕と足を存分に使い、アザトは殺到する異形の殺戮を開始する。
襲い掛かる異形の頭部を右回し蹴りでスイカ割りさながらに砕き、右震脚から腰を落として力を加減しつつの左掌打でその遺体を飛ばす。後方の数体を巻き込み転倒させることに成功したことを確認するなり反転。既に振り下ろされている斧のような異形の腕を認識し躱す動作は右足を左前に半歩進めて半身になるのみ。そのまま右肘打ち右裏拳左正拳の連撃で腕を粉砕し、即座につなげる左足での渾身の蹴り上げ。
「ダンナ、あれで強化されてないんだよなァ……」
獅子奮迅の勢いで次々と異形を殺害していくアザトの姿を横目に、時雨坂シュウは竜神ツバキを抱えて鉄窓学園へと向かった。鉄窓学園には強化人間、および適合者はそれなりにいる。そも、3年前に鉄窓学園が設立された本当の、裏の目的は適合者の可能性がある者を集め、異形への対抗組織を作るためなのだ。
「君は何も見ていない。そういうことにしといてくれ。そのほうが、ダンナが喜ぶ」
ツバキを校門で下ろし、シュウは少しばかり卑怯なことを口にした。
「……信じて、いいんですよね……?」
ツバキは、不安げな瞳でシュウを見上げた。
「ああ。俺様、女の子に嘘をついたことがないことだけが自慢なんだ」
シュウはそんな嘘をついて誤魔化した。罪悪感は、ある。だが、そんな自分の気分の良し悪しでしかないものより、優先すべきものがシュウにはあった。
「分かりました。先輩を、お願いします」
ツバキの懇願に応える暇も惜しみ、シュウは踵を返して交差点へ向かった。
「死ぬんじゃねえぞ、ダンナ! 死ぬより辛い償いが欲しいんだろ……!」
たった一人、親友と認めた恋敵のため、シュウは、駆けた。
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