魔性の姉 3

 あれから俺と百合姉がやって来たのはスポーツ用品店。前に理子姉とも来たことがある場所だ。そこで姉さんが買いに来たのは家の床に敷くヨガマット。ついでにその時に着るウェアも買いに来たのだとか。

 こういう服を買いに来るイベントだとつい姉さんのことでいろいろ妄想してしまう癖がある。今回こそは何としても自重したい……


「ねえ、どれがいいと思う?」


 大体の種類は決まったものの、百合姉はどうも色を決めかねている様子だった。そこで何色がいいか聞かれた俺はとりあえず頭の中で姉さんにいろんな色のウェアを着せてみる。黒は前に理子姉でも妄想してたけど、ここはあえて百合姉に白を着せてみるのもいいかもなぁ。

 家で姉さんがウェアを着たまま身体を伸ばしていて、しばらくしたら「何見てたの?」と言ってこっちへやって来る。そして壁際に追い詰められて密着度合い最大の大人な尋問が始まって……


「聞いてる?」

「……白がいいと思います」

「じゃあ決まりね。あまり買わない色だけど、将が言うならそれにしようかしら」


 頑張って我に返った俺は百合姉と会話して何もないように取り繕う。

 そうしてこのまま買い物が終わる……かと思いきや。


(あれ、もしかしてお腹出るタイプのウェアか)


 上と下に分かれているタイプのウェアで、百合姉がそれを着るとお腹の辺りがちょうどよく見えるようになる。そんな風景を想像しているとまた胸の中でぐつぐつと変なものが煮え始め、慌てて何か別のことを考える。そう、おでんのこととか。

 この暑い中で食べるおでん、いや、そうでもないな。でも気はまぎれた。


「じゃ、帰るわよ。ところで……」

「ん?」

「荷物持ち、よろしくね」


 会計を済ませた後、百合姉から渡されるマットの入った長い箱とウェアの袋。そう言えばこれが目的で俺は姉さんについてきているのだった。あまりに百合姉のことしか考えてないものだから本筋を見失いそうになっていた。

 約束は約束なので荷物を受け取り、二人で駅まで戻って電車にもう一度乗る。ちょうどおやつ時もあってかそれ程人は乗っておらず、ある程度余裕を持つことができた。


「今日はお疲れ様、将」

「ん……?」


 長い箱と袋を前に抱えるようにしていたら後ろから百合姉が優しく肩に乗りかかってきた。姉さんの手が顔のすぐ近くにあることや息遣いが分かることで一気に緊張が走ったが、それよりも背中にやわらかいものが押し付けられてまたヤバいことになる。

 待て、落ち着け、耐えるんだ。今日何度も我慢してきたじゃないか……!


「帰ったら早速しようと思ってるんだけど、どう?」

「お……お願いします……」

「将の身体もほぐしてあげる。硬くなってるんじゃないかしら」

「ひいっ……はい、そうかもしれない、です」


 ああっ、頼むからそんな紛らわしいことを言わないでくれ。

 後ろの百合姉に笑われている気がする。家に着くまで、家に着くまで……


「ねえ」

「なんですか……?」


 電車がガタン、と揺れる。

 他の人に聞こえない囁き声、それよりも小さな声で百合姉が告げた。


「将がそうやって我慢してるのを見るの、とっても大好き」

「へっ……!?」

「子犬のような目で見てくるんだもん。母性くすぐられちゃうわ」


 間違いない……この女、俺のことを手のひらの上でころころころころ……!

 今すぐにでも叫んで百合姉を押し倒したいところだったがあいにくここは電車の中。爆発する感情を必死に蓋で抑えながら時間が過ぎるのを待つ。おでんおでんおでん、おでんおでんおでんおでん!

 おでん……夏の暑い日に食べるコンビニのあっつあつおでん!


『次は――』

「ほら、次で着くわよ」

「っ……ちくしょう……」


 半ば泣きそうになりながらも次の駅で電車を出て百合姉に頭をぽんぽん撫でられた。そのまま懐かしの我が家まで戻って一安心。百合姉の部屋に荷物を置き、俺は自分の部屋に逃げ帰った。


 嵐のような一日である。

 今こうして、自分がベッドで横になっていることがまだ信じられない。


(やっべぇ……このままだと俺、百合姉に何かしでかすぞ……)


 日を通して姉さんと濃厚接触していたせいだろうか、ずーっと百合姉の瘴気にあてられていた俺は頭の中をすっかりおかしくされてしまったようだった。このままでは普段の生活に影響が出るし、何より他の姉さんたちに申し訳ない。


 決着を付けに行くしかない。百合姉との先約もあるし、と彼女の部屋に向かう。

 戸は僅かに開いていた。そこから中の様子を窺ってみる。


「ん……」


 既に買ってきたウェアに着替えていた百合姉は、既に敷かれていたヨガマットの上に座って柔軟運動を行っていた。あぐらをかいてリラックスする姿勢を取っており、こちらに背を向けているせいか俺のことには気付いていないようだ。

 買ってきたウェアは胸部と脚部のみを覆う物であるため腰の辺りは素肌が丸見えになっている。そのせいでこちらからは百合姉の綺麗な背中と肩甲骨が見えていた。


(百合姉って、エロいけど、めちゃくちゃ綺麗だよな……)


 やや過ぎたスキンシップこそあるが動きの一つ一つは滑らかで気品がある。それはもう思わずため息が出るくらい。後ろから身体を絡めたくなる誘惑こそあるが、今はそれ以上に触れがたい美しさがあって手足が動かない。


「んっ……はぁっ……」


 様々なポーズを取る姉さんの口から声が一つ漏れる度に頭の中が痺れていく。もう少ししたらノックして入ろう、そう思っていた時……


「あ、将君、帰ってたんだ」

「……っ!?」


 廊下の向こうから理子姉がにこにこ笑いながら歩いてくる。百合姉の部屋を覗いていたことがバレないように適当に取り繕い、なんとなく理子姉の方に歩いて話の調子を合わせた。


「や、さっき帰ってきたんだ」

「百合姉は部屋?」

「らしいよ。何やってるかは知らないけど」


 理子姉はそれを聞いた時にスッと目を細める。

 あれ、この雰囲気、もしかして既にバレているのでは……?


「そっか……あ、飲み物取りに来たんだった!」

「え?」

「じゃあまたね! そうそう、今日の夜ご飯は手巻き寿司だって!」


 理子姉が廊下の向こうに消えていく。

 その直後、肩にポンと誰かの手が置かれた。あっ……

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