スランプな姉 1(理子姉)

「あーっ、全然いいの思いつかないー!」


 ある日の朝、家の廊下を歩いている時に理子姉のそんな嘆きが聞こえてきた。珍しいことだったためノックして返事を貰って部屋の中に入るとそこでは理子姉がベッドで仰向けになってぐったりと力を抜いている。

 姉さんの机の上には単語を書き記したメモや様々な曲の歌詞を記した本が置いてあったがどれもまとまりがない。部屋全体が雑然とぐちゃぐちゃになっていた。


「わー、将君だ……」

「理子姉、どうしたの?」

「次のドラマの主題歌、お願いされてるんだけど全然ダメで……」


 ごろんと転がってうつ伏せになると理子姉はふしゅう、と燃え尽きたように動かなくなった。ベッドに座って様子を見ると彼女は少しだけ顔を上げ、こっちに来て、と言わんばかりに後ろへ手を伸ばす。

 二人で並ぶようにしてベッドで横になると姉さんは泣き顔になってぎゅっと抱きしめてきた。何処か余裕のない力加減で、理子姉の緊張がこっちにも伝わってくる。


「理子姉」

「お姉ちゃん、気分転換しなきゃいけないかも」

「え……?」

「将君、私と街でデートしない? ご飯代おごってあげるから……」


 至近距離で囁くようにして理子姉は「お願い」してきた。

 とは言っても俺にもやっておきたいことはある。だけど理子姉の頼みかぁ。


「うーん……」

「お願い、デート付き合ってくれたらなんでもするから!」

「そこまで言う……?」

「ほんとだよ、お姉ちゃんのこと、将君の好き放題にしてもいいんだよ?」


 どくり、と心臓が強く脈を打つ。いつもの調子が戻って来たのか、理子姉の抱きしめ方も普段の優しい感じに戻ってきた。包まれてる感に満たされてしまった俺は全身から力が抜ける感覚のせいで頭が白くなっていく。


「好きなところに連れて行ってあげるし、好きなものも買ってあげるし……お姉ちゃんをお人形さんにして何着せてもいいし、何してもいいんだよ?」

「え」

「何しても……うん、将君だけになら、あんまり人に言えないことだって……」

「わ、姉さん、分かったって、デートしよう」


 このまま理子姉のペースに持っていかれると一日をベッドの上で過ごすことになってしまう、長年の勘で察した俺はとりあえず姉さんの要求を呑むことにした。理子姉の顔がぱあっと明るくなったのを見るとかなり追い詰められていたのが見て取れる。


 ――そうして電撃的に決まった理子姉とのデート。

 二人ともあっという間に準備を終わらせて家の前に合流した。どんな格好で来るかちょっと期待していたらその期待を上回る位に見惚れる姿で姉さんがやって来る。


「やほー、それじゃ行こっか♪」


 ゆるい黒地のブラウスに白地のパンツ。背の高い理子姉にはその格好がぴったりと合っていて「お姉さん」感に心くすぐられた。いつも通りに優しいまなざしを向けられているせいもあって、ふと気を緩めれば理子姉に甘えてしまいそう……


「わっ、もうしょうがないなぁ、将君は甘えん坊だねぇ」

「あれ……?」


 気が付いたら理子姉にぎゅっと抱き着いてしまっていてびっくりする。

 ここが家の前で良かった、街の中でいきなりこんなことしたらどうなっていたか。


「ごめん、理子姉があまりにお姉さんだったから」

「甘えたい時は言ってね。お姉ちゃんがちゃーんと甘やかしてあげる」

「うん……」


 そうして二分ほど理子姉にぎゅっとしてもらい、身体の感触と暖かさをしっかり感じ取った後になでなでをしてもらってからデートを始める。おかげさまで歩く時もずっと理子姉のことを考えているお姉ちゃんっ子にさせられてしまった……




 初詣の際に何度か行っていた神社を訪れていた。その時と比べれば人の数はどうしても少ないが参拝客はちらほらとおり、おみくじやお守りを扱っているところにも巫女さんの姿がある。姉さん曰く「最初は願掛け」らしい。

 二人で手を清めた後にお賽銭を入れてから手を合わせる。随分と追い詰められていたのだろう、隣からは理子姉の切実な願い事がこっちにも聞こえてきていた。


「いいアイデアが思いつくまで見守っててください、お願いします……!」


 そうして彼女なりの神頼みが終わったところで運試しにおみくじを引いた。自分が引いたのは小吉で、理子姉が引いたのは中吉。お互いに書いてあることをじーっと見比べてみる。


「将君、転居は『控えよ』ってざっくり切り捨てられてる」

「するつもりないけどね」

「私が引いたの、恋人は『周囲の理解が必要』って……うーん」


 二人で顔を見合わせる。そうしてお互い赤くなり、またおみくじを見る。


「俺の方には『愛情を告げ結婚せよ』だって」

「え!? あ、本当だ……」


 それを見た理子姉が何の気なしに距離を少し詰めてくる。

 そして耳元に近づくと興味津々と言った様子でこう聞いてきた。


「誰と結婚するの?」

「え」

「花嫁候補、たくさんいるでしょ? 美香ちゃんに愛理ちゃん、私に百合姉、千秋になぎさに希さん……それとも、いっそのこと全員と結婚してハーレム作っちゃう?」

「ええっ」


 うっとりしたような理子姉の声に頭の中を蕩けさせられる。

 将来のことあんまり考えてなかったけど、うわっ、どうしたらいいんだろう?


「私はそれでもいいよ。神様だって背中を押してくれてるんだから」

「理子姉、ちょっとタンマ、その話の続き家でしよ」

「ふーん、いいでしょう。帰ったらお姉ちゃんとたっぷり家族計画しようね?」


 理子姉にしっかり狙いを付けられながら二人で神社を出る。その直後にふと姉さんは思い出したかのように俺の方を見て聞いてきた。


「そう言えばさっき巫女さんいたね」

「いたな」

「何事も経験って言うし、巫女さん、やってみようかなぁ……」


 ふと理子姉が呟いた言葉、それが頭の中でちょっとえっちな妄想になって広がる。

 姉さんが担当している神社に行って、そこでお賽銭入れたりおみくじ貰ったりするとその度に頭を撫でて貰ったり"お礼"をしてもらったり……そして家では巫女さんの衣装を着た理子姉が「将君だけだからね……?」と言って部屋に誘ってきて……


「おーい、将君、大丈夫ー?」

「わ、ごめん、考え事してた」

「あー、でも巫女さんはできないかなぁ。人気者だし……」

「たしかに」


 言われてみれば、理子姉が巫女さんをやっていると聞けばファンの人たちが殺到して神社どころではなくなってしまいそうではある。ちょっと残念。


「でもね」

「ん?」


 後ろに立った姉さんは両肩に手を置き、耳元で囁いた。


「巫女さんは神様に仕えるけど、私は将君だけのもの、だからね?」


 思わず足が止まって姉さんの方を向いてしまう。

 そして、身体が勝手に前の方に傾いて、むにんっ、ぎゅぅぅっと……


「りこねえ……」

「あーっ、またふにゃふにゃになっちゃった。ほら、そこで一休みしよ?」

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