潮騒と姉 2
どこまでも続く青い海、白く細かい砂粒が美しい海岸。快晴であることも幸いし、目の前には極楽浄土と言わんばかりの息を呑むような光景が広がっている。着替え等のものを入れたバッグを肩に下げた愛理姉は道中あった木の柵に寄りかかりながらその光景に見とれていた。
姉の頬の横を吹き抜けた潮風が茶色い髪を揺らす。ずっと見ていたくなる彼女の姿だったがそれを写真に収めようという気にはなれない。遠くから他の人たちがはしゃぐ声も聞こえてくるけれど、この場所全体が普通の世界から隔離されたようで。
「気に入った?」
後ろからそう声をかけると愛理姉は振り返ってにこりと微笑む。背景の海も相まっているせいか、姉さんの姿はあまりに綺麗で言葉が出なかった。そのまま額に入れて飾れば絵になるようだ。今、自分は何よりも可憐で美しいものを見ている……
「二人だけの秘密のビーチってわけじゃないけど、でも、こういう場所に来られてとっても嬉しい……誘ってくれてありがとね、将君!」
「あー、二人だけだったら多分俺が持たなかった……」
「えっ? どういうこと?」
「や、ちょっと待って愛理姉、まだ水着じゃないのにそんな可愛くならないで」
「んー、へんなのーっ」
にやにや笑いながら愛理姉は俺のところにやって来る。
そして、頭にかぶっていた帽子に手をやって呟いた。
「この帽子気に入ってるんだけど、ちょっと失敗だったかも」
「どうしたんだ?」
「だってこれ、つばがそこそこ広いでしょ? あんまり近すぎると当たっちゃうから、将君と気軽にぎゅーってできなくなっちゃう……」
そんな風に、愛理姉は、寂しそうにぽつり。
ああもうどうにでもなれ。身体が勝手に動いて愛理姉を抱きしめてしまった。
「わっ……!」
「愛理姉、そういうの、本当にやめて……抑えられなくなる……」
「もう抑えられてないじゃん……!」
「愛理姉のせいだから……!」
まだ砂浜にも来ていないのにこのバカップルぶりを披露してしまった。確かに彼女の言った通り帽子のつばが首の辺りに当たってるけど、それ以上に幸せで心地よい。
こんな姉さんが水着姿になったらいよいよもう気が狂ってしまいそうだ。あんな感じにかわいい水着をフリフリさせて姉さんが抱き着いてくるのなら俺は……!
海に行く数日前、愛理姉と俺は二人で普段の買い物を済ませるついでに水着を新着しようとショップを訪れていた。なんせこういう買い物も久しぶりなのでお互いに気分が上がっており、もう既にこの地点で海デートへの満足度は非常に高い。
服に関することはよく分からないから姉さんに言われるがままに俺が履くことになる水着はとんとん拍子で決まり、今度は愛理姉のものを選ぶことになった。
「どんなのが合うと思う?」
「種類は沢山あってよく分からないけど……そうだな、ピンクとか似合いそう」
「ピンクね。わかった、ちょっと探してくるっ」
目を輝かせた愛理姉はそのまま店内をぐるぐる二周くらい回っていくつかの水着をチョイスして戻ってきた。うん、俺が見立てた通り、愛理姉にピンクが合うのは間違いないだろう。さて問題はデザインだが……
「いくつか持ってきたけど、どれがいいと思う?」
「うーん」
水着の種類のことはよく分からない。
ただ、それでも、一つだけ自分の中ではっきりしてることがあって……
「この……谷間が、はっきりするようなタイプは……」
「え、ダメだった?」
「や、ダメじゃない。むしろ最高……ってそうじゃない、ダメじゃないんだけど」
愛理姉が首をかしげて「?」を頭上に浮かべる。うっ、そんな顔もかわいい……!
「姉さんの一番かわいい姿は、他の人に、見られたくないって言うか」
「へっ……?」
しゅるしゅる、ぽんっ、と愛理姉は顔を赤くすると視線のやりどころに困った様子で天井に目線を逸らす。そうしてしばらくすると今度は下の方を向いてしおらしくなり、上目遣いになってから小さな声で返事をした。
「そっか……じゃ、こっちの、フリル付きにしよっか……」
「あーっ、うん……」
もじもじとする愛理姉にかける言葉が見つからない。だんだん自分が何を話したのかということが分かってきて恥ずかしさも込み上げてきた。お互いに何を喋ったらよいか分からなくなり、店の中で無言になってしまう。
「え、えっと、愛理姉、買おう?」
「うん……」
愛理姉はそう言うと、自分が持っているものからフリル付きを含めた水着を二着取り出し、残りを戻してからレジに向かった。あれ、あのもう一つの水着って俺が最高って口走っちゃった奴では……?
お会計中に愛理姉がこっちを振り向いて熱い視線を送ってくる。なんだかいけないことをしている気持ちになって胸の奥がぎゅーっと締め付けられた……
着替え場所の外で愛理姉が出てくるのを待つ。他の学生や家族連れ、カップルで人が多いものだから分かりやすい場所に立って愛理姉にもそのことを伝えていた。おそらく恋人らしき二人が手を繋いだりキスしたりしているのを見るとなんだかこっちも親近感が湧いてくる……や、待て、一応は俺たちは姉弟なんだからな……
腹の中で静かな興奮がぐつぐつ煮えているようだった。それをまだだ、と抑える。
時間で言えば、俺がここで待ってから五分。姉さんから「今行くね」というメッセージが届いた。いよいよ緊張してきた俺は目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。そして、背中をぽんぽんと優しく叩かれて振り返ると……
「えっと……どうかな?」
そこに、こちらと同じように緊張した様子で愛理姉が立っていた。
上下ともに布一枚でしか覆われてない彼女の身体に目を奪われるも、胸の辺りはそれが過度になり過ぎないようにピンク色のフリフリのレースで抑えられている。下半身を視線から守るショーツもサイドに紐が垂れており、手をかけてしまえばすぐに解けそうな危うさを感じられた。
「やばい」
「え……?」
「ちょっと待って、愛理姉、かわいい……」
「ええっ……!?」
愛理姉が戸惑う姿が危険すぎて両手で顔を覆ってしまう。
や、やっぱり、これで良かった。もっと際どいの着てたら魂飛んでた……!
「えっと、将君……とりあえず、海、行こう?」
「うん、わかった……」
周りをきょろきょろと見た愛理姉はそう言って手を引いてくる。よく見れば姉さんが出てきてから視線がこっちにちらほら集まり始めていた。一緒に砂浜に出ながら愛理姉とお互い恥ずかしそうににやにや笑う。
そして、姉さんは腕に胸を押し付けるようにして横から抱き着いてきた。
ぎゅ……っ。愛理姉は、蕩けたように幸せそうな表情でこっちを見てきた……
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