スランプな姉 3

 理子姉との激甘な小休憩を終えた後、俺たちは何の気なしにショッピングモールに入っていろいろな店を巡る。その中でスポーツ用品店を見つけた俺たちは新しい体験がないかと売り場をよく見てみることにした。

 あまり本腰入れてスポーツに取り組んでいないせいか、俺も姉さんもこういう店に来る動機はほとんどない。普段自分が絶対に使わないものに囲まれ、それらが他の人にとっては必要不可欠で喉から手が出るほど欲しいものだということを考えていると、自分が生きている世界とは別の世界があることを分からされる。


「理子姉、ビデオの撮影とかでこういうの着たりする?」

「前にサッカーの応援ソング作った時にPVで着たくらいかなぁ」


 品揃えの多さを宣伝するためか、多くのスポーツのウェアを一同に集めているエリアを発見。それを見てふと質問を投げると、理子姉は少し考えてから返してくれた。

 少し前にリーグ戦の応援放送があった時、そのテーマソングとして理子姉の曲が一時期流れていたのだった。言われてみればPVの中で理子姉は様々なスポーツの衣装を着て、それに挑戦することで応援ソングっぽい演出をしていた。


「サッカーのユニフォームとかもあったけど、一番よく覚えてるのはバレーとテニスのウェアかなぁ。あの二つってスポーツの中でも服装で特徴出るじゃん」

「あー、なるほど……」


 たまにテレビで見るように、バレーボールのユニフォーム姿はサポーターとかの兼ね合いもあって他の球技とは結構違う印象となる。多分、背の高い人が多いせいもあるだろう。頭の中で理子姉に着せてみるといい感じに似合っている。

 ぽん、ぽん、とボールを打ち上げる練習をしている想像上の理子姉はなんだかとってもかわいい。でも身体のラインが浮いてるからそっちに視線がいっちゃって、後から気が付いた姉さんが「ん、なになに? お姉ちゃんとぎゅーしたくなっちゃった?」と言いながらこっちに歩いてきて……


「……」

「将君? おーい、お顔がふにゃふにゃだぞー」

「あ、ごめん、なんでもない」


 ふと我に返った俺は別のことを考えようとしたが、そこで理子姉がもう一つ言っていたテニスウェアの件が頭に思い浮かぶ。あれで特徴的なのはやはりスカートだろう。

 気づけば頭の中では理子姉がテニスウェアを着た状態で壁打ちをしていて、左右に動く時にスカートがひら、ひら、と揺れてお尻が見えそうになってしまう。あ、あとちょっとで理子姉の下着がみえっ、みえ……


「将君……?」


 後ろから身体を寄せられた俺は意識を現実に引き戻される。直後、背中に姉さんの胸が当たっていることを知って心臓の鼓動がどくどくと速くなっていく。


「スポーツコス、好きならなんでもやってあげるよ?」

「え、そ、そうか、あはは」

「隠してもダメ、お姉ちゃん知ってるんだからね? ずっと前に一緒にランニングした時、将君は私の服装ばかりに気を取られてたじゃん」


 それで思い出す、理子姉とのランニングの思い出。確かあの時は千秋さんも一緒にいたが、言われてみれば姉さんたちの服装のことが強烈に頭に残っている……


「将君となら、えっちな試合、いくらでも組んであげるからね……?」


 そう言われた時に身体中がびくりと震え、全てを任せるかのように姉さんに全体重を預けてしまった。倒れないようにしっかり後ろから抱かれながら、仕方なさそうに微笑む理子姉に囁かれる。


「あまえんぼうさんでむっつりな将君は、お姉ちゃんと何のスポーツをしたい?」

「え……キス、とか?」

「もーっ、すっかりお馬鹿さんになっちゃってるじゃん……♪」


 他のお客さんの気配を感じたのか理子姉は抱き着くのをやめて俺をしっかり立たせると、背中の辺りをぽんぽんと叩いて帰るように告げてくれた。


「そろそろ家に戻ろっか。何かお土産で食べ物買ってこ?」

「うん……」




 帰宅後、午後の日差しを窓から受けながら理子姉は部屋でアコースティックギターを弾いている。同じフレーズを何度も繰り返すようにしてアイデアが降るのを待っている彼女に俺は付き合っていたのだが、如何せん状況が状況なため眠くなってきてベッドで横になっていた。


 この音色自体は他の人が演奏したのを何度も聞いたことがある。

 それなのに、理子姉が奏でているって思うだけで、心が温かくなっていく。


「理子姉、アイデア出しの協力できなくてごめんね」

「いーのいーの、あれ、半分は将君とのデート目的だったし」

「デート……そっか」

「そうそう、だから謝ることはないよ。お礼を言うのは私の方!」


 理子姉は少し天井を見上げて考え込んだ後、今度は別のフレーズを試し試しといった様子で弾いていく。その中で何か浮かんだものがあればメモ帳に残していった。白色の光が部屋に差し込み、それが姉さんの綺麗な髪に跡を落とす

 不思議な光景だった。記憶より、もっと深い所に染みていく。


「将君と一緒にいると全然飽きないね。私が将君を振り回したり、私が将君に振り回されたり、いろんなことがあって……」

「理子姉……」

「お互い、すぐに相手のことしか見えなくなっちゃうからね。お外でデートするにはやっぱり周り見えてないとダメかなぁ」


 優しいギターの音色が流れ続ける中、眠気がゆっくりと布団をかけてくる。

 そして――奏でられていた旋律が、ふと止まった。


「……理子姉?」

「あ」


 ゆっくりとギターを立てかけた理子姉は椅子を動かすとそのまま近くの紙に何かを書き始める。様子の変わった姉さんの姿を見た俺は身体を起こし、理子姉の人が変わった後ろ姿をじっと見守る。


「将君、ありがとう。お姉ちゃん、大事なこと思い出したみたい……!」

「え……?」

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