職人の姉友 3
生地を寝かせた後、いよいよ麺棒で伸ばしてから切る作業に入った。円状に伸ばすと結構な面積になるため千秋さん、理子姉、俺と一人ずつ作業を始めていく。この辺りで既に正午を過ぎており、そろそろお腹が空いてくるかなと言う頃合いだった。
とん、とん……千秋さんの指導を受けながら理子姉は軽快にうどん生地を切って麺を作っていく。袋に入って売っているようなものが目の前でできあがるのが感動的だ。見ているだけの百合姉も興味津々でその様子を見ていた。
「そうだ……そう……よし、上手くできたな」
「えへへ、じゃあ次は将君だね」
「できるかな……?」
「なあに、失敗しても誰も怒らねえよ」
「将が作ったものならみんな喜んで食べるわよ」
麺棒で生地を伸ばし、薄くなったそれに打ち粉を振ってからさらに伸ばす。そうしてできたものがくっつかないようもう一度全体に打ち粉をふり、蛇腹状に重ねてから包丁を手に取った。
頭の中で千秋さんや理子姉がやっていたのを思い出しながら、丁寧に刃を下ろす。
「ん……?」
確かこんな感じ、と真似するようにやっているのだがどうも麺の太さが一定にならない。というかなんか太く切れているような気がする。
「これ難しいですね」
「茹でると太くなるから少し細めに切れればいいんだが、どうだ?」
「一応細くは切れてますけど、あんまり速度上がらないです」
「大丈夫だ、急かす奴はいないぞ」
「ありがとうございます……っ」
「がんばれ、将君……!」
理子姉からの応援も受けながら集中して包丁を使い、なんとか自分の分の生地を麺にすることができた。それに粉をふるって麺がくっつかないように処理したところでうどん作りの作業はひとまず山を越える。とは言っても後は茹でるだけなんだけど。
「自分で作れるものなのね」
「早速茹でてもらうか。それまで私たちは休憩だ」
「台所で愛理が待ってるから、これ持っていくね」
「おう、頼むぞ、理子」
理子姉は作ったうどんをまとめて盆に乗せて台所まで向かって行った。そうして部屋には百合姉と千秋さん、俺の三人が残され、何か知らないうちに百合姉と千秋さんの間に挟まれるような体勢になってしまった。
どちらも背が高くて腕っぷしの強い、そして体つきがあまりに魅力的なお姉さん。二人はなんとなく距離を詰めてくると俺の肩にそれぞれ手をかけて顔を覗いてくる。
「えっと、これ、なに……」
「何って、こうやってスキンシップを図るのも姉としての役目じゃない」
「私もお前の姉みたいなものだからな、別にいいだろ?」
「嫌じゃないですけど……」
「嘘つくんじゃねぇよ、将」
千秋さんはそう言うと小さな声で耳打ちをしてきた。
「嫌じゃない、じゃなくて、大好き、なんだろ♡」
「や、千秋さんっ……」
「あら、図星ね。将は本当にむっつりなんだから……」
「百合たちには負けるが、これでも長年の付き合いだからな」
二人の間でやりたい放題のことを言われてしまうが否定ができない。
実際、百合姉と千秋さんにこうやって迫られたら何を言われても断れない……!
「将、昼食い終わったらお前の部屋に行ってもいいか? 百合も一緒に」
「ええっ!? 断る理由はないですけど」
「そんな理由じゃなんだか嫌ね……」
「そうだなぁ。お前の気持ちってのも聞いてみたいんだよなぁ」
「え……」
息を合わせるように二人が両側からからかってくるもんだから赤面してしまう。こんなところで何をしたいか正直に言えばどうなるか知れたものではないが、前にもこういうことがあったように嘘をつく余裕など何一つ残されていないわけで。
「千秋さんと、百合姉と、寝たいです」
「寝るまでは言ってないが、将がそうしたいなら仕方ねえなぁ」
「そうね、将が一緒に寝たいって言うなら私も断れないわね……♡」
「ううっ……」
半ば無理やりと言った様子で二人に昼寝の確約をしてしまった。嫌ではないんだけど、俺は一体どうなってしまうのか……大満足といった様子で微笑んでいる二人のお姉さんに挟まれながら、自分の無力さを祝っ、いや呪っていたのだった……
それから愛理姉の手によって手作り冷うどんが茹で上がり、数々の天ぷらと共に昼ご飯の時間となった。午後一時くらいで空腹具合も丁度良く、白金家五人と千秋さんを合わせた六人で円卓を囲んで頂くこととなる。
「いただきまーす!」
「それじゃ、いただきます……」
先にうどんの汁を一口口に含む。うん、愛理姉が作ったこともあって味は外の店にも負けず劣らず、いや、もしかしたらこっちの方が美味しいまであるかもしれない。その後に箸で麺を一本取り、心地よい冷たさを味わいながら一気にちゅるちゅると吸い上げた。
もちもちとしたコシのある食感、良し。そして味も悪くない……!
「お、美味い」
「……うんっ」
「ソフト麺のうどんより全然おいしい!」
「うん、手作りで作った甲斐があったねぇ……」
「とてもよく仕上がってるじゃない、太さもちょうどいいわ」
「良かった、気に入ってもらえたみたいだな」
みんなそれぞれ口にしながら笑顔になってくれてほっと一安心。愛理姉の作った海老天ぷらを汁につけて食べるとこれがまた美味い。他にも夏らしいナスの天ぷらや竹輪の磯辺揚げ、鶏のから揚げとうどんにピッタリのおかずが並んでおり、さながらうどんパーティーの様相を呈していた。
隣に座っていた千秋さんも麺を啜っては満足げに笑う。その隣で百合姉も随分と気に入ったようだった。談笑している二人は鋭い視線が時折飛んでくる以外は微笑ましく、長年付き添った親友であることがよく分かる。
(将、さっきまで何があったの?)
(ちょっと面倒くさいことに巻き込まれて)
(そう、頑張って)
(冷たいなぁ。いや、俺が優柔不断なのも悪いけど……)
なんとなく意思疎通できる美香姉とそんなことを会話しながらうどんを啜る。
愛理姉が作ってくれたおかずが美味しいこともあり、けっこう多めに作ったうどんは程なくして完売となってしまった。お腹が満足した所でそのままテーブルでだらだらする時間となり、美香姉や愛理姉、理子姉が別室に向かったところで千秋さんと百合姉が俺のところに近づいてくる。
「それじゃ、お前の言う通り、部屋に行くか」
「うふふ、一度に二人も誘うなんて将も大胆に育ったわね……」
「わかりました……」
もはや「なるようになれ」としか言いようがない。冷うどんを食べた後にもかかわらずどこか火照った二人を俺は自室に招待したのだった。
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