メカニックの姉友 1(なぎささん)
ゲームの中だったら何でもあり、と言うのは感覚では分かっているつもりだけど、それでも少し長く続けていると固定概念の一つや二つが生まれてくる。それをぶち壊されたのは早起きして美香姉と周回プレイをしている時だった。
海岸。釣りをしていると稀に現れる大型魚類モンスターを狙っている時、ふと上の方から聞きなれない音が聞こえてくる。パリパリパリパリ、と勢いよくプロペラが回る音……
「美香姉、何か聞こえる」
「ん……この辺まで来るの、珍しい」
「やっぱり知ってる?」
「あれ」
姉さんが指さした先にあるのは青みがかった早朝の空を舞う一機の飛行機。とは言ってもジェットエンジンを積んだようなものではなく、昔ながらのプロペラ機なのだが、妙に静かなような気もする。
「蒸気飛行機……」
「蒸気? 蒸気で飛行機って動かせるんだ」
飛行機は海岸付近で円を描くように三周くらい回りながら速度を落とし、海岸の直線状になった部分を滑走路にするように降りてきた。そこから作業着のような服装で降りてきたのはよく見たことのある人だった。
やや青みがかったサイドテール……間違いない、あれはなぎささんだ!
「なぎささん?」
「あ、やっぱり将さんでした。美香さんもおはようございます」
「……おはよう」
「丁度周回中でした。なぎささんは何してたんです?」
「ええっと……」
なぎささんは自分の乗ってきた蒸気飛行機に視線を向けた後、そこからさらに内陸側――先程飛行機が進もうとしていた方角を指さした。
「今、メカニックのスキルツリーを進めてるんですけど、その中に『自分で作った飛行機で一定以上の距離を飛ぶ』というのがあるんです」
「ああ、それで」
「素材やカスタムで性能が違うので改良しながら進めてるんです。ようやく海を越えられるようになったんですよ」
二人で会話に華を咲かせていると不意に腰の辺りをちょんとつままれる。その直後、明らかに不機嫌そうな様子で美香姉がごすごすと背中に頭突きを何度も食らわせ始めた。彼女の様子を見たなぎささんも大体を察したらしくすぐに会話を切り上げる。
「あんまりお邪魔するといけませんね。また今度、ゆっくりお話をしましょう」
「はい。それでは、いてて……」
ごす、ごすごす。久し振りになぎささんと楽しく話したけど、美香姉には悪いことしちゃったかもなぁ。
人気歌手である理子姉のマネージャー、というだけあって、なぎささんは結構忙しい人だ。千秋さんのように自分で店を持っている訳でも無いから気軽に会いに行く事も難しいし、かといって、百合姉の喫茶店を手伝いながら希さんとお話をする、というような芸当もできない。
ということで、なぎささんと久し振りに会いたいと思ったならば理子姉に話を通すのが早くなる。姉さんのスケジュールの濃さによってなぎささんの仕事量も変わるからだ。
「えー、この間千秋と遊んだばっかじゃん」
「うん……そう返ってくると思った」
「地方ライブの仕事は一区切りついたから……うん、多分今週は大丈夫だと思うけど」
夜遅く、理子姉の部屋。
むむむむ、と機嫌悪そうにしている姉さんはこっちをじっと凝視してくる。
「将君の気持ちは分かるけど、ちょっとだけ、お小言があります」
「うっ」
「最近お姉ちゃんに冷たいです!」
「ええっ、この間一緒にお風呂入ったよ? その後も一緒に寝たのに……!?」
「ぜんぜんたりなーい!」
部屋に響くほどの姉の悲痛な願い。理子姉はそういう性格だから言わんとしてることは分からんでもないけれど。いや、でもさ。
「将君とお出かけしたいのっ」
「難しいよね……」
「駄目?」
「周りの目がどうしても。理子姉は有名人だし」
「ううっ」
夜中にコンビニにこっそり買い物に行ったのでさえグレーゾーンの事だったのだ。なにはともあれ、理子姉のこのお出かけ欲を満たさない限りはなぎささんと約束をすることも難しいだろう。ああっ、理子姉もなぎささんもどちらも魅力的だから状況に困る……
「じゃあ……次のお仕事、一緒に来る?」
「え?」
少し考えながら姉さんはそう提案してきた。
そうして……
……次の日の朝、俺は理子姉の仕事場に連れて行ってもらっていた。
「おはようございます。今日は弟も同伴です!」
「はーい、いつもより元気そうだね。お仕事よろしく~」
輝くような笑顔を振りまいている理子姉と共に事務所の受付を通って理子姉の控室に行く。そこには既にスーツ姿のなぎささんの姿があった。事前に理子姉が話を通していたのだろう、彼女が驚くような様子はない。
「おはようございます、将さん」
「おはようございます。突然すいません」
「将君がどうしてもなぎさちゃんに会いたいって言うから……」
「えっ、そうだったんですか?」
ちょっと嬉しそうな目でこっちを見てくるなぎささん。間違ってはないけど、そういう言われ方をされるとどうしても恥ずかしい。やっぱり理子姉はちょっと機嫌悪いのでは?
「……はい」
「わざわざすいません。私が忙しいばかりに」
「えっと、邪魔にはならないようにするので、その、お願いします」
「大丈夫です。今日は事務所の中で仕事が終わるので」
照れている様子のなぎささんはしばらく頬を緩めていたが、ここが事務所であることを思い出したのか、すぐさまいつものキリっとした表情に戻って仕事モードに入る。俺となぎささんがお話をしていた間に理子姉も一休憩終えたようで、これからの仕事に向けて取り掛かろうとしているところだった。
「じゃあ、理子さん。いつも通りにボイストレーニングから」
「よし、がんばっちゃうぞー!」
「二人ともいってらっしゃい」
「この部屋は理子さんの楽屋ですので、どうぞゆっくりしていってください。しばらく待たせても大丈夫ですか?」
「はい、本とか持ってきてるので」
「お姉ちゃんの引き出しとか見ちゃ駄目だぞ」
理子姉がばいばいと手を振ってから出て行った後、なぎささんが一礼をしてから部屋を後にする。そうして俺は理子姉の部屋に一人残された。事務所内の私室に来る機会などほとんどなかったため、これを機会にぐるりと部屋を見回してみる。
メイクアップ用の鏡台や今までの写真集、シングルとアルバムの詰まった本棚にインタビュー記事の載った雑誌の切り抜きファイル。家ではこういうのを見ないものだから、ここに来ると彼女が芸能人というカテゴリに含まれるのだと言うことを実感させられた。いつもこんな世界を生きている女性に甘やかされていたのか……
そして、これは当然と言えば当然なのだが。
(んー、なぎささんに関連するものはほとんどないな……)
マネージャーという裏方を担当していることもあり、理子姉に関係するものを見てみてもそこに彼女の名前が載っていることはない。せいぜい何かのテレビ番組でちょこっとだけ出てくるだけで、上村なぎさという一個人がフィーチャーされることはほとんどない。それが寂しいと言えば寂しい。
理子姉の魅力は誰もが知っている。だけど、その裏にいるなぎささんの魅力は一部の人しか知らないのだ。そして、自分もその中の一人に入っていて、更に言えばその中でも結構ディープな事を知っていたり……
(……俺以外にも、なぎささんのことを好きになる人はいるんだろうけどなぁ)
七人の(お)姉さんの間でぷらんぷらん不安定に揺れている自分を省みて、時々このままで大丈夫なのかと考えてしまう。姉さんたちはまだいい方で、千秋さんやなぎささん、希さんの三人はそれぞれ別の世帯を持っている。彼女たちの一生にいい影響を与えられるのならいいんだけど、その逆になってしまうと……ああ、ダメだ。こういうことは考えないようにしているんだ。
(今日は、なぎささんとお話をする日だ。仕事で忙しい彼女を支えてあげたい……)
持ってきていた本をテーブルの上に置いたまま、俺は理子姉の私室をもう一度見まわして確認する。そこになぎささんの痕跡を見つければ直ちに向かい、彼女が日々何を思って仕事しているかに思いを馳せるのだった。
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