魔性の姉 2

 休日の電車は息苦しい。というか、人が多い。普段乗っている電車はまだある程度ゆとりがあるのだが休日の電車は特に人が多く、下手したら乗ってしばらく身動きが取れないのもザラだった。

 俺と百合姉は何とかその片隅に乗ることができて一息つく。


(結構遠くに行くらしいからな……しばらく耐えるか)


 百合姉に電車の隅を譲って俺が盾になるようにして並び立つ。朝にいいことをしてもらったのでそのお返しをしようと言うことだ。そうした最初のうちはいいのだが、次の駅で一気にたくさんの人が電車に乗ってくる。何かしらのイベントがあるのだろうか……?


(少し詰めるか……うーん)


 流石に空きスペースがあるままだと他の人に迷惑となるため、ここで少しだけ空いていた百合姉との間を詰める。電車が揺れた時、僅かに身体が姉さんと触れ合った。

 白く滑らかな腕。ついうっかりしたら頬ずりしてしまうくらいに綺麗だ。


「もう少しこっち来てもいいわよ」

「え……?」


 隣に立っていた百合姉がそんなことを言う。仕方なく距離を詰めると姉さんに触れる機会が更に多くなった。彼女の息遣い一つも聞こえてくるようで、あまりの没入感にこの電車に乗っているのが俺と姉さんだけなのではないかと勘違いしてしまう。

 ガタリ――横に大きく揺れ、百合姉の方に身体が傾いた。お陰様で百合姉と正面から密着してしまった。人の流れが詰まってるせいで戻れない俺の耳元で姉さんがちょっとだけ不満そうに囁いてくる。


「変態」

「ひっ……」


 身体を支えるために壁に手を突こうとしたが折り悪く届かない。そうしているうちに今度は姉さんの腕が俺の方に伸びて絡め取られてしまった。みちみちに詰まった満員電車の隅で百合姉と抱き合う……


「ごめん、百合姉」

「素直な子は好きよ」

「え……?」


 耳をくすぐる悪魔の甘言。

 聞き間違いだろうか、いやでも、確かに百合姉はそう言っていた……


(じゃあ……もう少しだけ……)


 静かに昂り始める自分の身体を抑え、百合姉の言葉に甘えるようにして抱きしめる。サマーニットの胸元から漂ってくる女性特有の香りがたまらない。誰にも見えない位置でこっそり彼女のお尻にも手を当て、揉み心地抜群の尻肉を味わう。

 この瞬間だけは――痴漢常習犯の気持ちが分かってしまう。くうっ……


「んっ……大胆に痴漢してくるわね、この子……♡」

「ふぇぇ……」

「こんなことされたら逃げられない……♡ 人前で身体を味わい尽くされちゃう♡」


 まるで「自分から触ってください」と言わんばかりの被害報告。

 相手は百合姉だ、きっとこの後何か仕返しが来る。そうは思っても、一度押し付けられてしまった胸と尻の感触からは逃げられなかった。姉さんの掌の上で弄ばれていると言うのに彼女の身体や香りが俺を放してくれない。

 電車が揺れる。おっ、胸の谷間が見えたっ、頭おかしくなるっ……


「好き……」

「はいはい、分かってるわよ」


 そろそろ周りも気づき始めたのだろうか。百合姉が俺の頭をぽんぽんと撫でて仕方なさそうに微笑んでアピールをする。こういうリスク管理が完璧だから人前でも百合姉とは危ない遊びをしてしまうんだ。

 ちょうど心の中で暴れている気持ちも鎮まってきた。そこでアナウンスで目的地が次の駅だということが伝えられる。


(家に帰ったらまたぎゅってしてもらおう……)


 名残惜しくも他の人と隙間ができたため姉さんから離れようとしたが、腰に回った百合姉の腕はそれを許してくれなかった。一向に離れられない俺は姉さんの身体にずっと密着し続け、全身から香る夏の汗の香りを駅に着くまでずっと嗅がされる。

 ダメだっ、こんなことしてたら頭がおかしくなる……ううっ、百合姉好き……


「着いたわよ」


 腰の辺りをぽんぽんと叩かれて我に返る。そして動く人の波に紛れて俺と百合姉は電車の密閉空間から出たのだった。程なくして駅のベンチで一度休憩することとなり、その時に百合姉が俺のことをじいっと見下ろしてくる。


「ねえ……さっき、とっても困った痴漢に遭っちゃったんだけど」

「へ、へえ、それってどんな人だったの」

「それはね」


 腰を曲げるようにして姉さんは俺の耳元へ口を近づけると――


「おっぱいとお尻が大好きで、匂いにとっても弱い人……♡ 自分からくっついて来たのにすぐにトロトロになって『痴漢してたら気持ち良すぎて動けなくなったので捕まえてください』ってアピールしちゃうとっても悪い子……♡」

「あ……」

「ねえ。抱き心地、どうだった?」


 今は触れられていないはずなのに、電車の中でしでかしたことを思い出して頭の中が湧きたちそうになってしまう。後から百合姉に追い詰められないよう、一生懸命に言葉を選んでから必死に受け答えをした。


「すごく、よかった、です」

「どの辺が?」

「腰の辺り、あと、胸元の匂い……」

「ふふっ」


 隣に座った姉さんはぎっと至近距離まで顔を詰めると勝ち誇ったような顔でにっと笑って俺のことを見下してきた。あれ、もしかして何かまずいことを……!


「自分で痴漢してましたって証明しちゃったわね……♡」

「あっ」

「でも、そうね。私もそれなりに楽しめたし……家に帰ったら考えましょ」

「あ……お願いします」

「それじゃ、買い物を済ませないとね」


 百合姉はそう言うと先に一人で出口の方へ歩いて行ってしまう。それを見失わないよう、俺は慌てて姉さんの後ろを追いかけたのだった。

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