場所取りの姉 4(終)

 無事に場所取りの責務を終えた俺と美香姉は花見を楽しんでいた。


「将、ちょっとこっち来い……ひっ」

「千秋……将と絡み酒なら私も混ぜて頂戴……?」

「わぁぁぁぁ」

「理子さん、ステージでやってるのど自慢で理子さんの曲が」

「わー、恥ずかしいから聞かないようにしてたのにーっ!」

「美香ちゃん玉子焼きいる? うん、じゃあ二つあげるね」

「んーっ……」

「愛理さんの唐揚げ、揚げ方がちょうど良くて美味しいです……!」


 ちらちらと桜の花びらが舞う中、俺は千秋さんや百合姉に好き放題されながら二人から圧力をかけられる。なぎささんと理子姉に「ありゃー」と見守られながらもなんとか抜け出した俺は財布とスマホを手にシートの外へ出る。


「愛理姉、ちょっと屋台見てくる」

「いてら!」

「いってらっしゃい……!」


 希さんにも見守られながらシートから離れた俺は桜の木の下を歩いて屋台が並ぶ広場へ出る。たこ焼き、フライドポテト、イカ焼き、クレープ……春の祭りとも呼べる一帯はどこを見ても人で溢れ返っており、親子連れやカップルも多く見受けられた。

 流石に目に留まったものを全部買うわけにもいかないため何を選ぶか迷っていると、ふと人ごみの中に美香姉が紛れているのが見える。


(美香姉、こっち)


 そんな感じに視線を送ると彼女は俺に気付き、混雑をかき分けるようにして少し外れのこちらへやって来る。美香姉は背が低いためか、迷子にならないようすぐに俺の片腕にぴたりとくっついて離れなくなった。


「美香姉、大丈夫?」

「うん……」

「美香姉も何か買いに来たのか」

「クレープ」


 姉さんはそう言って上目遣いになってアピールしてくる。言われるまでもなく買いに行くつもりだったがこう頼まれたら行かざるを得ない。財布の中身を確認し、美香姉にここで待っててと言ってから買い物の為に屋台の列へ一人で向かった。

 相変わらずクレープの屋台に並ぶ列は長い。遠くから背を伸ばして選べる種類を探すと「いちご」「チョコレート」の二種類が見えた。とりあえずどっちも買うか……


「いらっしゃい」

「いちごとチョコレート、一つずつください」


 慣れた手つきで屋台のおっちゃんがクレープの生地を焼く。心地よい香りを嗅ぎながら完成を待っていると焼きあがった生地が隣に運ばれて別の人が中身の具を包んでいく。そうしているうちによく見るようなクレープ二つが完成した。

 それを持って帰ると、待ち合わせの場所で美香姉は膝を折ってしゃがみながら小さな男の子とお話をしていた。その子は先程まで泣いていたのか目を腫らしている。


「美香姉、その子は」

「迷子。ほら、大丈夫?」

「うん……ぐすっ、ぐひっ……」


 男の子に接する時、美香姉は普段なかなか見せない笑顔になって彼の頭を撫でていた。そうしているうちに落ち着いてきたのだろう、自分のことについてぽつぽつと喋り始める。それに美香姉がうんうんと頷きながら答える。


「お父さん、お母さんと来てた」

「迷子になったのはいつ?」

「わかんない……」

「うん、そこそこ時間経ってる……」


 美香姉は少し考えるとこちらを見て俺が持っている二つのクレープをじっと見る。それで彼女が何をしようとしているかわかった俺は膝を折り、手にしていたクレープを二つ男の子の前に出した。


「どっちがいい?」

「え、いいの……?」

「うん。これ食べて落ち着こう」

「いちご……」


 彼が選んだ方のクレープをあげると喜んだらしく、先程までの泣き虫さんはどこかへ行ってしまったようだった。その子がぱくついている間に俺は美香姉とどうするか話し、とりあえず近くにある迷子センターに連れていくことになる。

 程なくして迷子の放送が流れ始めた。その特徴もおよそ少年のものと一致する。


「私たちと一緒に行こ」

「うん……」

「お父さんとお母さん、見つかるからね」


 美香姉は男の子と並ぶようにして歩き、俺もその後ろをついていく。忘れかけていたが美香姉もこうして見れば一人前の「お姉ちゃん」で、その少年にとっては今一番頼りになる相手なのだ。

 少年よりも美香姉の方が身長が高く、並んで歩く姿は姉弟にも似ていた。そんな彼は迷子センターまで向かっている間にいくつか質問をしてくる。


「おねーさんたち、デートしてるの?」

「うん、そうそう。デート中」

「ばかっ……」


 デートしているのかと聞かれた時にせっかくなので恋人の風を装ってみる。顔を赤くしてこちらへ振り返った美香姉が、ちょっとだけ悔しそうにしているのがかわいい。


「最初どっちから告った……?」

「この人から」

「え、俺?」

「言ってた」

「俺からだっけか……?」

「おねーさんたち面白いね」


 美香姉と言った言わないの話をしていると迷子センターのテントに到着する。三人でそこに行って事情を説明すると奥の方から親御さんらしき男女が出てきて迷子の少年を無事に抱きしめた。


「ああっ、ありがとうございます! クレープまでご馳走になっちゃって……」

「私たちが目を離した間にこうなってしまいました。本当にありがとうございます」

「いえ、こちらこそ」

「大丈夫」


 親二人から感謝されて思わずこちらも頭を下げる。そんな風にして迷子の子供に関するひと騒動を終えた俺たちは手に残ったチョコレートのクレープを食べながら自分たちのシートに戻ろうとしていた。勿論、クレープは一つしかないので美香姉と交互に頂くことになっている。


「さっきの美香姉、お姉さんみたいだったね」

「……元から姉だけど」

「んー、なんか意外だったような」

「どういう意味……?」


 ぎろりと美香姉がこちらへ鋭いまなざしを向けてくる。残りのクレープを譲るとそれがいくらか優しくなった。そろそろお昼もてっぺんを過ぎた辺りで、姉さんたちが待っているシートでも屋台で買ってきた物が並んだりちょっとしたテーブルゲームの道具が広がっているのが見える。そう、お花見が楽しくなるのはこれからだ。


「ただいまー。あれ、千秋さんは寝てる?」

「潰れたわよ。水は飲ませてるからしばらくしたら起きるわ」

「将君将君、みんなでゲームしようよ」

「理子姉が人生ゲーム持ってきたんだって」

「へぇ……」


 なぎささんが買ってきてくれたたこ焼きを少し貰い、愛理姉の揚げた唐揚げ、千秋さんの持ってきたおにぎりを食べながらゲームに耽る。隣にいた美香姉も先程の仕返しをしようと言わんばかりに参加してきた。

 こちらも負けじと気を引き締め、心の中で火花を散らしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る