商人の姉 2

 寝つきが悪く、夜中に目が覚めてしまった俺が居間に行くと、いつもは2つ置いてあるはずのVRゴーグルが1つしか置いてなかった。たまには一人でやろうと思い、自分の部屋でゲームにログインするとフレンドの所に「百合」の名前が浮かび上がっている。どうやら百合姉も一人で何かやっていたらしい。

 自分の装備と職業を確認したが、どうもはっきりとしないものばかりである。所々は美香姉から貰った強い装備があるのだが、自分で何かやりたいことをやっていたわけではないため強いスキルを覚えている訳でも無ければ強い装備をドロップしていたわけでもない。


(いつも姉さんたちと一緒にやってたからなぁ……そう言えば一人でやったことなかった)


 職業は「勇者」。性能的に言えば割と何でもできるオールラウンダータイプ。

 悪く言えば器用貧乏で、今の自分をそっくりそのまま言い当てているようだった。


(勇者の職業クエストは……んー、ちょっとまだレベル足りないな。狩場を一人で周回するにはまだ心もとないし、そうだな、スキルツリーでも開放しておくか)


 プレイヤーのステータスを恒常的に強化できるスキルツリーにはいくつかの解放条件があり、ただ長時間プレイしているだけでは達成できないような物も多い。特定の敵を倒したり、特定の技を何回も使ったりと遠回りが必要になるため、この時間にやることはそういった作業となる。

 百合姉に言われたことを思い出していた。自分の目標……


(他のプレイヤーとやるならサポーター寄りのスキルかな)


 ウィッシュリストに取得したいスキルを登録して、周回。

 いつもは姉さんと一緒に回っている森がなんだか味気なく見えてくる。


 美香姉と居れば近くには強力な魔法のエフェクトが入るし、愛理姉が居れば身体に沿ったように強化状態のエフェクトが入る。理子姉とはお互いを気遣うような会話をするし、百合姉からは色々な事を教えてもらえる。一人プレイにはその全てがない。自分を際限なく高めるだけの長い修行の道だった。


(喋らないと、時間が長く感じるな……)


 初期状態に毛が生えたくらいのスキルツリーを意識的に開放していくことで、常時発動するパッシブスキルやステータスの強化が入って強くなっていく実感はある。モンスターに与えるダメージは多くなるし新しい技もいくつか覚えた。たまにレアドロップもしたし、長い間戦っていると所持金もそれなりの額になる。

 でも、それだけだった。区切りのいい所でゲームをログアウトしようとした時、なんだか言いようのない空虚感に支配される。朝も近い時間だと言うのに、俺は何をやっていたんだろう。


(……ん、百合姉、まだやってる?)


 美香姉が起きて朝活するまでにはまだ時間があった。フレンドリストで百合姉がまだログインしていることを確認した俺は試しにダイレクトメッセージを送ってみる。少し考えた末に、こんなものを送ってみた。


『はじめまして』


 ちょっとしたジョークである。あまりこういったことをしたことはなかったため、もしかしたら寒いギャグで終わってしまうのではないかと思いはしたが、真夜中と言うことでその辺りは許してくれるだろうか。

 程なくして、チャット欄にピコンと通知が一通入った。


『いらっしゃい、一見さん。何がいい商品はあった?』


 百合姉が乗っかってくれた。なんか嬉しい。試しに百合姉のショップリストを見ると、そこには自分が頑張って手伝って作っていた物が並んでいる。どれもこれも上位層を狙った商品であり、自分にはあまり縁は無かった。

 ちょっと見て帰っただけだと冷やかしになってしまう、と思った俺は軽い気持ちでこんな文面を送ってみる。


『百合さんはいくらで買えますか?』


 我ながら酷いメッセージである。

 後で謝ろうと文面を考えていると、ちょっとだけ間をおいて返信が来た。


『貴方の心と身体で一生払い、ね』


 怒られるかと思いきや、からかうような文面が帰ってきたため思わず変な声を上げてしまった。普段ならいつも通りの百合姉だな、と思うだけで済んだのだが、如何せん真面目な気分である為か俺は自分のことを省みていた。


『がんばります……』

『あら、買えないの?』

『そうしたいけど、自信が無くて』


 少しだけ時間をおいて――


『さっき起きたのかしら』

『うん』

『私はそろそろ寝ようと思ってるんだけど、』

『部屋に来てくれるかしら』


 そのメッセージを見ただけで妙に緊張してしまっていた。あんまり「らしくない」やりとりをしていたためか、実際に会った時に何を言われるかを想像するだけでちょっぴり不安な気持ちになる。でも、誘われたからにはやっぱり行くべきだよなぁ……

 返事をしてから部屋を出て、ゴーグルを居間の定位置に置いた後に姉さんの部屋に向かう。百合姉の部屋に入るのはもう何度目にもなるけれど、その度にいつも緊張する。


 ノックしてから僅かにドアを開ける。

 明かりの下、百合姉はベッドで横になって気だるそうにこちらを見ていた。


「百合姉……?」

「こっち来なさい、抱き枕」


 抱き枕呼ばわりに唾を飲んでしまう。名前ですら呼んでもらえなかった……

 言われるがままに百合姉の隣で横になると予想通りに抱き締められてしまう。


「好きよ」

「あ……」


 嫌でもわかる百合姉の柔らかい質感、首元からの香り、唇からの吐息――全部まともに食らってしまった俺はあっという間に彼女の所有物に成り下がってしまった。姉さんが足を絡めるのにも無抵抗で好き放題されてしまう。


「将は優しいわね」

「そんな、こと」

「私はそう思うわよ。貴方は自慢の弟……」


 頬を人差し指で撫でられ、自己肯定感が回復していく。百合姉の言葉には魔力が宿っているかのようだ。


「沢山悩む人は、私、大好き」


 僅かに身をよじって腕を出し、百合姉のことを抱きしめ返す。彼女もそれを待っていたのか進んで身を差し出してきて、二人でうまくすっきりする体勢になることができた。ぴったりくる抱き心地と身体の心地で全身に心地よい鳥肌が立つ。

 百合姉の髪に指を通す。サラサラ流れるようなそれは僅かにリンスの香りがした。


「百合姉に釣り合う人になりたい」

「ふふ、期待してるわよ」

「でも、まだちょっとだけ、待ってて」

「いいわよ。この先もずっと、待っててあげる……」


 互いに相手の頬に手を当て、寄せ合って貪欲な口づけを始める。

 まだ俺は百合姉と比べたら大したことはないけど、いつかはきっと。


「んっ……はぁ、情熱的なキスね♡」

「ごめん、なんだか、制御利かなくて」

「いいのよ。貴方の好きにしなさい……」


 少しだけ身を転がし、百合姉を下にしてその上に跨った。

 眠そうな顔をしているけれど、逆にそんな姿が珍しくて、素敵で……


「あら、眠くなってきちゃったわね……」

「百合姉が弱ってるの、なんか新鮮」

「将、抵抗できない女性にそんな目をしちゃダメよ」

「うん」


 腕にもあまり力が入っていないのだろう。手首の辺りを掴みながらベッドに張り付けるように押し付けて百合姉を拘束する。姉さんは少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。


「ごめん、我慢出来そうにないや」

「意地悪な人……んんっ」


 目を閉じて眠ろうとしている百合姉の唇を奪う。少しだけ強引に舌をねじ込んで彼女の口の中を優しく蹂躙する。指を絡め、隙間から漏れる吐息を聞きながら何度も何度も口づけをする。長い長いキスを終えた頃には既に百合姉は落ちてしまっていた。


 くったりと力の入らない身体に触れていると変な気持ちがむくむくと湧いてくる。バクバクと胸を打つ心臓の音を聞きながら、口を半開きにしながら眠る姉さんの服の裾にそっと手を掛けた。

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