魔性の姉 4(終)

 ベッドを背もたれ代わりにしていた俺は百合姉から追い詰められていた。

 身体のラインがはっきり浮かんでいる白いスポーツウェア姿で姉さんは膝をつくとそのまま両手をベッドへ突いて俺の逃げ道を塞いでしまう。すぐそこに百合姉の悪い笑みがあり、ごくりと唾をのんだ。


「ねえ……」

「な、なんでしょうか」

「今日、一体どうしたの? 私のことに夢中になっちゃってて……」


 それで思い出すのは事の発端の夢の内容だった。夢の中で百合姉におっぱいを顔に押し付けられていて、それでとっても幸せだったから起きた後もずっと百合姉のことしか考えられなかった、と言うなんとも情けない真実。

 事実ではあるが、それを言ってしまったらどう料理されるか。こわい。


「え、えっと、それは」

「正直に言いなさい」


 百合姉の視線がまっすぐに俺のことを刺し抜いた。それだけなのに喉の奥がスッと干上がり、一瞬だけ声がまともに出せなくなる。


「嘘をついても、分かるわよ」

「ひっ……!」

「何年の付き合いだったか忘れたつもりかしら」


 すこし低くなったその一声で夢の話を隠そうといった気持ちが霞のように消えてしまった。怯える小動物が如く、もはや反抗の意志は全く残っていない。姉のどのような命令にも従わざるを得ない哀れな弟の宿命である……


「え、えっと、今日の朝――」




「何よそれ。夢の中の私に甘え足りなかったの? 本当にそれだけかしら」

「ほんとうです……」


 正直に話すと百合姉は呆れたような表情でそれを聞いてくれた。

 何かいじられるかと思いきやそれもない。本当に呆れられてる……


「道理で今日は防御力が低いと思ったら」

「頑張って耐えてました……」

「耐えられてないわよ、電車の中で思い切り尻を鷲掴みにしたじゃない」

「そうでしたっけ……」


 はぁぁ、と長いため息をついた百合姉はベッドの上に座ると俺の肩を叩いてこっちへ来るように指示を出す。そのまま姉さんはベッドの上で倒れ、俺に続くように手招きして誘ってくるのだった。

 その表情は柔らかい。全部受け止めてくれるような微笑みだった……


「ほら、こっち来なさい」

「え……いいの?」

「別に構わないわよ。ここ、私の部屋だし」


 百合姉と重なるようにしてベッドに膝と手を付け、そのまま、姉さんの手が導くようにして俺はスポーツウェア越しのやわらか姉っぱいに顔をうずめたのだった。次第に身体から力が抜けていき、ついには身体を半分重ねるような姿勢でぐったりと動けなくなってしまう。

 それに百合姉が優しく布団をかぶせ、全身が暖かい心地に包まれた。


「どう? 柔らかい?」

「うん、とっても良いっ」

「好きなだけ甘えていきなさい。この夢は絶対に覚めないから……」


 ぱふっ、ぱふっ。もにっ、もにっ。むにぃ。

 白のスポーツウェア越しに浮き出た胸の形を楽しみながら顔を動かす。


(あーっ……落ち着く……)


 他の姉さんたちにこうしてもらうこともないわけではないが、百合姉にこのことを許されているのは絶大な安心感を与えてくれる。強くて、自立してて、信念を持った人の腕の中でまだ強くない自分の存在を認められることがたまらなく嬉しい。

 スポーツウェアの隙間から漏れる汗の香りで頭がやられていく。百合姉の身体を抱きしめながら彼女に頭を撫でられ続ける。


「ずっとこうされたかったのね」

「うん……」

「最初から正直に言えば良かったのに」

「からかわれるかなって……」

「そりゃからかうわよ、面白いし」


 がっくし、と胸の中で首を垂れる。


「でも、貴方が甘えたいって言うんだったらちゃんと聞いてあげるわよ」

「ほんと?」

「ええ。これでも私は貴方の姉だから。姉弟同士仲良くした方がいいでしょ?」

「うちらはやりすぎな気がするけど……」

「いいのよ。少なくとも、私は貴方のことが大好きだから……」


 ぎゅうう、と抱きしめられる。雑巾を絞るように快感が頭の中で弾ける。

 ふと顔を上げればそこでは百合姉が俺のことをじっと見ていてくれた。普段からいろいろちょっかいは出してくるけど、なんだかんだ言って面倒見はいい人なのだ。


「ねえ。何か一つ忘れてない?」

「え……?」

「キス。まだ今日はしてなかったでしょ?」


 百合姉はそう言って俺の頬に手を添えてもう少し上がってくるように促す。それに従って百合姉と並ぶようにして横になり、布団の中で優しく唇を重ねた。


「んっ……♡」


 俺が何をしても受け止めてくれる、包容力のあるキスだった。ただひたすらに甘えたいだけのこっちを姉さんはしっかり受け止めてくれて、それだけでなく求める以上の心地よさを提供してくれる。

 抱き枕代わりに姉の身体を抱いていると疲れがたまったのか眠くなってくる。出かけてからずっと精神を百合姉のことで摺り減らしていたのだ、仕方ない。


「眠くなってきた……」

「大丈夫よ、夜ご飯になったら起こしてあげる」

「ごめんね」

「謝るのはこっち。ちょっといじめ過ぎちゃったみたいね、ごめんなさい」


 普段の小悪魔的言動とはうってかわって大天使のように自分を肯定してくれる。こんなことされたら次から何度騙されても百合姉の言うことに従ってしまう。どれだけ恥ずかしい思いをしても最後にこうして身体全体で受け止めてくれるならば……


「百合姉、何でも許してくれるから好き……」

「随分と都合よく思われてるのね」

「や、そういうつもりじゃ」

「分かってるわよ。ふふ、貴方の言う通り私は何でも許しちゃうかも……」

「そういうこと言わないで、もっと好きになる……」

「あら」


 肩まで布団を被り、心地よい空間で姉さんと身体をくっつける。夏の近づいてきているある日の午後、俺は夢にまで見た最愛の人に見守られながら最高の昼寝に入ったのだった。

 薄目の中、俺のことを見てにやりと笑う、百合姉の楽しそうな顔が見えた。

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