旅行する姉 3(終)
夜は涼しい。昼もそんなに暑いわけではなかったが、夜風に当たるのは気持ちがいい。美香姉と俺は縁側に座ると、星空と木々を交互に見ていた。
「綺麗だね」
「ああ」
「……こうしてると、ずっと一緒にいるみたいに思う」
急に美香姉らしくない言葉が出てきて俺は戸惑うが、すぐにその言葉の意味を掴み取った。俺は星空を見ながら、美香姉の右手をそっと左手で包み込む。
「先のこと言ってもどうにもならないだろ」
「……うん」
俺と美香姉は満天の星空のもと、ディープキスを交わした。誰にも邪魔されない至高の時間を、お互いを求めあいながら過ごした。
寝てしまえば朝は早いもので、まだ美香姉と一緒にこうしていたいのに、窓から差し込む光が俺と美香姉の顔を照らしてしまう。ぼんやりとした意識の中で、美香姉がこっちを眠そうな目で見ているのが見えた。その姿を見つめていると、美香姉がキスをしてくる。
「……おはようのキス」
「美香姉……ううん、美香」
美香姉の身体はまだだるそうだ。襲おうと思えば簡単に襲えるのかもしれない。だが、そんなことを俺の身体が許すはずなどなかった。だが、頭は美香姉を襲ってしまえ、と体に何度も命じてくる。その間で揺れ動いていると、美香姉の方が俺を襲ってきた。
俺は美香姉にペースを持っていかれてしまい、動けなくなる。まだ体が重い。
「将。一つ、いい?」
「何だ?」
「……家に帰っても、昨日と今日の事、忘れないで」
美香姉の声は切実そのものだった。
家に帰れば愛理姉、理子姉、百合姉が待っている。千秋さんたちとの生活も再び始まるだろう。だが、美香姉とのこの日々は終わってしまう。二人きりだった日々も。
そう思うと何だか悲しくなってしまい、俺は美香姉の目を見つめる。きっと、こうやって無言の意思疎通を図ることも少なくなっていくのだろう。そう考えている間に、美香姉は布団から起き上がった。
「……出て行くのは9時だから、あと少し」
「……そうだな」
いろいろと名残惜しい気持ちもあるが、楽しい日々にはいつか終わりが来る。それに、またこうして美香姉と一緒に旅行するのも悪くはない。そう思うと少し心が晴れた。
お土産の黒饅頭を持ち、俺たちは帰りの電車に乗っていた。電車はピークの時期を過ぎたのか少し空きが出来ている。右隣の美香姉は何だか物足りなさそうだ。
「……どうしたんだ?」
「……本当は、ずっと将と二人でいたい」
美香姉の本心が漏れたような気がした。たった一言だけなのに、その一言が俺の気持ちを揺さぶってくる。美香姉の訴えてくるような目もそれを加速させる。
俺はただ、こうして美香姉の左手を握る事しか出来なかった。
「将?」
「……少し、考え事してた」
「……そう」
美香姉は今の俺をどう思っているのか。手を握る事しかできないような腰抜けには思われたくはない。電車に人はあまりいないとはいえ、ここでのあれはやはり目立つ。そんな状況の中、美香姉は誰も見ていない隙をついて俺の頬にキスをした。
「……美香姉」
「……」
美香姉はうつむいた。
もうすぐ、目的の駅に着く。理子姉が迎えに来てくれるだろう。
こんなに悲しい後味を残す旅行は初めてだった。
理子姉に会えて美香姉は少しうれしそうだったが、やはりどこか悲しい雰囲気を漂わせている。理子姉もそれを読み取ったのか、話を俺に振ってきた。
「美香ちゃん、何だかまだいろいろしたかったんじゃないの?」
「……だな」
「……将と二人きりがよかった」
理子姉は少し悲しそうな顔をするが、美香姉の持つ黒饅頭をちらと見た後に言う。
「家に帰ってからも、将君と二人きりになれるよ。寝る時とか、学校に行く時とか」
それを聞いた美香姉の顔が、ほんの少しだけ明るくなったように見えた。美香姉は軽く微笑むと、買ってきた黒饅頭を大切そうに撫でる。
そうだ。美香姉とは、また二人きりになれる。一緒に寝ることだって、学校で話すことだってできる。それに、愛理姉たちもそろそろ拗ねる頃だろう。
「ほら、もうすぐ家だよ」
「……うん」
そう答えた美香姉の笑顔は俺も笑顔にしてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます