旅行する姉 2
浴衣に着替え、温泉街に出た。辺りにおいしそうな料理の匂いが漂っていて、お腹がすいている俺と美香姉を誘ってきているようである。美香姉は俺の右手をつかむと、小声でこう言う。
「……『美香』って呼んで」
「わかったよ、美香」
少し驚いたが、俺はそうすることにした。まだ慣れないのか、美香姉の呼び方に俺は少し違和感を覚えてしまう。でもじきに慣れるだろう。
しかし名前で呼ぶなんてまるで恋人同士のようだ。いや、姉弟同士の恋愛はなかなか周りに受け入れられないからこう呼ぶのもまた一興かもしれん。美香姉もいろいろ考えてそう言ったのだろう。
「……」
「ここか?」
美香姉が指差したのは、温泉街名物まんじゅうを売っている店であった。黒饅頭の前に美香姉の足が止まり、買って欲しそうに俺を見つめてくる。その純粋なかわいさに揺り動かされてしまい、俺はそれを買うことにする。だが、それは今ではない。
「帰りに買おうか。今買うと店に持っていかなきゃいけなくなるし」
「……うん」
一旦黒饅頭とさよならをして、俺と美香姉は他の店を回ることにした。だが、なかなか店内に入って腰を落ち着けながら食べられる店はない。その代わり片手で食べられるような物が温泉街には充実している。この肉屋もそうであった。
俺は二人分のあつあつコロッケを頼み、待っていた美香姉に片方を手渡してあげる。一口食べるとともに熱さで顔をしかめる美香姉。それを見ながら食べていると俺もそうなってしまった。頬の内側が焼けるように熱い。
「……熱かった」
「出来立てだからな」
コロッケの他にも、近くにはたこ焼きなどがあった。ファストフードで腹を満たすのもまた悪くはない。美香姉と一緒だからなおさらだ。今は二人きりでいたい。
「それじゃあ、美香。たこ焼き買って旅館に戻るか。黒饅頭もな」
「うん」
美香姉の嬉しそうな声で、俺はまた笑顔になれた。
お土産で買ったはずの黒饅頭の量は姉さんたちの分よりは多い。俺と美香姉の分である。気が付けばもう午後2時になっていて、どうしようかなと思っていると美香姉がカバンの中を漁った。その中から出てきたのは、以前旅館でプレイして美香姉が完敗したぽよぽよである。
「これやるのか? 美香」
こくりとうなずく美香姉。まだ美香、という呼び方に慣れてないのだろう。少し彼女の視線が動揺するが、頑張って旅館のテレビにゲーム機を接続する。
「……」
実の姉、という関係も忘れる程美香姉は問答無用に可愛い。そのまま抱きしめたくなるが、それはまだとっておこうと自分に言い聞かせる。
準備は出来たらしい。俺と美香姉はコントローラーを握った。
美香姉もあれからかなりの量を練習したのか、俺と美香姉は互角の戦いであった。互いに五連鎖、六連鎖と相手を攻撃していき、徐々にお互いのぷよが高くなっていく。
美香姉の身体が俺の方にもたれかかってきた。ちらと見ると、美香姉が俺の方を何かを懇願しているかのように見つめてくる。それに心奪われていると俺のぽよは上まで積み重なってしまい、負けてしまった。
その視線は反則だ、と言う暇もなく、俺は美香姉に抱きしめられていた。二人きりの部屋に、お互いの少し興奮した吐息の音がする。
「……私の事、好き?」
「ああ」
「家族として?」
「一人の女としてだよ」
今この瞬間、美香姉が、世界で一番愛しい存在に思えた。俺は優しく美香姉とキスをすると、その場で一緒に横になる。背中を抱きしめて来る腕の感触が強くなり、それに負けじと俺も強く抱きしめた。ただそれだけなのに、俺は空にも上ったかのような感じを得る。これを言葉に表すのは難しい。言うなれば、まるで心が空を飛んでいるかのようだ。
子猫よりも、ハムスターよりも、美香姉が可愛いと断言できるだろう。彼女の頭をそっとなでてやると、美香姉は全身から力を抜く。
「私も、大好き」
「……ありがとう。美香」
「……そんな目で、言わないで、ばか」
美香姉は俺と見つめ合いながら、小さな声でつぶやいた。
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