紅蓮と紫電の姉友 1(千秋さん)
じりじりと焦がしてくるように晴れた日の事。
赤髪の素敵なお姉さんに連れられ、俺は家の外に立っていた。
「それじゃ、将のこと、よろしくね」
「ああ、任せときな」
すっかり夏に入ったある日の午前十時。家の前に止まる一台のランエボの脇には俺と千秋さんがいた。玄関近くには百合姉と理子姉が並んでいて、二人共少し寂しそうな目でこちらを見ている。
「いいなー、今度はみんなで一緒に行こうね、千秋?」
「勿論。それじゃ、こいつは借りてくからな」
「姉さん、またね」
しばらくの別れの挨拶をした後に千秋さんと二人で車に乗る。エンジンがかかった。姉さんたちに手を振っている内に走り出し、みるみるうちに家は遠くなっていった。角を曲がって彼女たちが見えなくなった頃、長い息を吐いた俺は前の方を向き、背もたれへ身体を預けた後にフロントミラーに視線を移す。
「千秋さん、本当に何もかも唐突ですよね」
「それって今日のバーベキューの話か?」
「そうです……」
白地に英語ではない言語が書かれたTシャツ、ぴっちりと脚のラインに沿った明るい青のジーンズと彼女の服装は実にいつも通りだ。しかし千秋さんの胸元はいつものように引っ張られて膨らんでおり、その双丘の間にシートベルトがしっかり斜めに挟まってしまっていた。
それに気を取られないよう手元のスマートフォンへ視線を落としていると車は長い直線に入る。運転席にいた彼女が何やらカーナビを操作し始めると程なくして軽快なヒップホップが車内に流れ始めた。
「嫌だったら言ってくれよ」
「大丈夫です、あまり音楽に好き嫌いは無いので」
「それは良かった。そうそう、一回買い出しに行くからスーパーに寄るぞ」
「分かりました」
返事をしながらちらりとミラーごしに千秋さんの胸元を覗いてしまった。シートベルトが良い具合に仕事をしているせいで彼女の左胸の大きな丸みが明らかになっていて、ついついそれを見ては夏の妄想に期待を膨らませてしまう。
実際に触った事はあるし、それでいいことも沢山してもらった。だけど実際にこうやって目の前で美味しそうにぶら下げられると気持ちが落ち着かない。
「何か食いたい物があれば今のうちに考えとけよ、将」
車が上下に細かく動く度に千秋さんの胸もぷるんと震える。ドキドキで頭の中が熱くなっていく。気が付けば口を半開きにしたままそれをうっとり見つめてしまっていた。
「……あー、うん、分かった」
「ちゃんと話聞いてるのか? ぼうっとしてるぞ」
「うん……」
「後で胸は触らせてやるから、今は前見てろ」
「うん……ん?」
何かが引っ掛かって我に返ってミラーに釘付けになっていた視線を前方へ戻す。横を向くと、千秋さんは少し照れくさそうに笑いながら谷間に食い込んでいるベルトを片手でいじって更に奥へと押し込んでいた。
「あ……」
「この変態め」
「す、すいません、そんなつもりじゃ」
さっきまで千秋さんの胸を見ていたことがバレたことがわかって赤面する。それを横目に彼女はケラケラと笑っていた。Tシャツに食い込んだおっぱいに気を取られていたせいで時間は矢のように過ぎていく。エアコンが効いて車内は涼しいはずなのに俺だけはぽんと熱くなってしまっていた。
※
誰かと一緒にする買い物は一人でするそれよりも何倍も楽しいしいくらでも売り場を見て回っていられるような気がする。その相手が好きな人であったならば尚更だ。
休日のせいか大型スーパーはやや混んでいるようだった。千秋さんがスマートフォンのメモ帳を眺めながらカートを押している後ろを俺は付いて回っている。エアコンが効いているせいか少し肌寒い。
「あー、そうか、アレも買わないとダメか……」
目の前を歩いている千秋さんの背中にはキャミソールの線が浮いていた。そして下に視線を落としたら今度はジーンズのお尻の所へみちみちに肉が詰まっているのを見てしまう。歩く度にぷるん、ぷるん、と揺れる彼女のお尻に気を取られた俺はアルコール売り場で千秋さんが立ち止まっていることに気付かず、そのまま歩き続けて鼻からぶつかってしまった。
「おおっ、将、どうした?」
「あ、いえ、その、すいません」
「お前、また変なこと考えてただろ? しょうがない奴だな」
呆気にとられたような表情を見た彼女はからかうように笑う。違う、と言いたいけど実際そうだから何とも言えず、一人でしゅんとしていると大きな手が頭をぽんぽんと優しく叩いてくれた。
まるで犬のような扱いだが千秋さんにそうされるのは嫌ではない。むしろ自分から付いて行きたくなるような気持ちさえあった。
「したいことがあったらちゃんと言えよ。今は私がお前の『お姉ちゃん』なんだからな」
「……!」
お姉ちゃん、という言葉で心の奥底がぐらりと揺れたような気がした。
あの人は俺の弱い所を知っている。そして、そんなことを言われたからには――
「分かったか、将」
「……姉貴ぃ」
「こらこら、今は買い物中だから後でな」
思わず千秋さんの胸に飛び込みそうになったところを彼女が引き留めた。スーパーの中だということすら忘れていた俺はすぐさま正気に返るが、遠くの売り場から三歳くらいの女の子がこちらを見ていることに気が付いた。
ああ、なんてことだ。君はこんな大人になっちゃ駄目だからね。
「さ、行くぞ。この辺りにある物は済んだ」
「う、うん」
籠には既にいくらかの酒缶が入っていた。とても俺一人で飲む量ではないから日帰りする気はさらさらないのだろう。バーベキューがどうなるか気を揉みながら千秋さんの後ろに続く。
そうして次に向かったのは野菜売り場。だが、ここではバーベキュー用に切り揃えられたセットのみを買って通り過ぎた。海鮮売り場はスルー。そして、その先にある肉売り場に着いた俺は付近の光景に驚いてしまった。
「うわ、こりゃ凄い」
「このスーパーは肉の品揃えがやたらと良いみたいだな。調べた通りだったよ」
夏になってお出かけシーズン到来、そこを逃さんと言わんばかりに並ぶ数多くの赤身肉。いつもの豚バラや鶏胸なども勿論置かれているが、バーベキューで使うような分厚い肉やディナーに出せるようなステーキ肉、更にはソーセージやフランクフルトなどの加工食品も数多くの種類が売り場にはあった。
その品揃えを楽しみに来ている人は多いようで、肉売り場の周りは特に人が多いように見える。人ごみに紛れないよう千秋さんの近くに付きながら売り場をジグザグと進んだ。
「何か食べたい物あるか?」
「え、好きなの選んでいいんです?」
「当たり前だろ。遠慮するなよ」
そう言われて目の前の肉たちを見てみるが、どれもこれも普段家では絶対に食べられないような分厚さの物ばかりだ。その為値段も張るし、食べたい物があってもなかなかそれを指さすことが出来なかった。
気になるのはある、と視線を何度か向けていると千秋さんはそれに気づいたのか指さしてくる。こくこくと自信なさそうに頷いた俺を見た彼女は長い溜息を吐いた。
「『弟の分際で』遠慮するなって言ってるだろ」
「ご、ごめん、姉貴」
「それでいいのか?」
「うん、お願い」
千秋さんが目の前で高い肉をほいほいと沢山買っていく光景を見ているとなんだか一緒に悪い事をしている気分になってくる。そのせいかは知らないけど彼女の横顔はいつになく楽しそうにしていて見ているこちらまで笑顔にされていた。
その後、三人分程の肉とおにぎり、夜中に食べるお菓子やつまみなどを大量に買い込んだ俺たちは車に戻る。ナマ物や飲み物をクーラーボックスに入れた千秋さんは後ろの戸を閉め、運転席に戻ってきた。車はスーパーから結構遠い所に止まっている。そこそこ街中なのに二人きりだった。
「ところで、さっきは何をジロジロ見てたんだ?」
「えっ、何のことです?」
「お前が背中にぶつかってきた時のことだよ」
にっと笑った千秋さんはぐいと身を乗り出して圧を掛けてくる。
い、言っちゃ駄目な気がする、言ったらずっと彼女のペースに持ってかれる……!
「な、何でもないんですよ」
「そうか……大好きな『お姉ちゃん』にも教えてくれないんだな」
「ひっ……!」
白を切って何とかしようとした矢先のこと。千秋さんが切り札を切って逃げ道を失くしてしまった。目の前にいる彼女を姉と認識してしまえば最後、身体に染みついている癖のせいで全部正直に話してしまうっ……!
「あ、ああっ、あああ……」
「折角『姉弟二人』でバーベキューに行くのになぁ。『弟の為に』『お姉ちゃん』は奮発したんだぞ……?」
「あ、姉貴の背中に浮いた下着と、ジーンズ越しのお尻見てて、ドキドキしてっ!」
そこまで口走った時、あはは、と笑う彼女の姿を見て自分が「敗北」してしまったことに気が付いた。ああっ、やってしまった! 姉貴に弱みを握られたが最後、もう何も抵抗出来ない!
「そうかそうか、お前は弟なのにお姉ちゃんの身体を見て興奮しちゃったんだな?」
「ううっ、姉貴、ごめん……」
見世物のようにジロジロと視線で舐め回されるのをじっと耐えているしかなかった。うつむいて肩をすぼめていると、彼女は不意に俺の背中へ手を回してそのまま引き倒してきた。
「隙ありだっ!」
「うわあっ!」
素っ頓狂な声はすぐさま柔らかい物体で曇ってしまう。
自分の顔を覆い隠しているシャツ越しの肉塊、それに気づいた俺は離れようとしたけど姉貴の力に勝てる訳が無い。そのままいいように押さえつけられ、彼女の胸元から漂う汗の香りに晒されてしまう。
「だ、駄目だよ姉貴っ、頭おかしくなる……」
「ああ、そうだな。おかしくなっちまうな、将……」
俺の頭に彼女は鼻をそっと押し当てて湿気た髪の匂いを嗅いでいた。表情は分からないけど、確かこういうの好きなんだっけ。
好きな人の匂いを嗅ぎ合う、ちょっと奇妙だけど凄く幸せな時間。顔を覆うおっぱいの柔らかさと程よい臭さを堪能しながら、姉弟二人でしばらくの休憩時間を過ごしていた。
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