協力者現る!@カリフォルニア州ロサンゼルス
ヘトヘトになりながらも、彼らはなんとかロサンゼルスのダウンタウンに到着したのだ。ミリアーナは運転の疲れがどっときたのか、カフェの椅子に座るなり突っ伏してしまっていた。
「もう我慢の限界だよ……」
マルタウスが手を上げてウェイトレスを呼んだ。運転で眠れないミリアーナと、車の揺れで寝付けなかったヴェッキーを差し置いて爆睡していた彼は気力を持て余しているようだ。
「このテメキュラワインというのを頂こうか、なんでもカリフォルニアの名産らしい。ヴェッキーも飲もうじゃないか!」
「おめぇは時と場合を考えろよ……あまり、オレを困らせるな」
「アッハハハ! 酒を注文すると怒るって? 見るといい、ミリアーナはこの通りぐっすりだ。大丈夫頼んでもバレやしない、飲んだもの勝ちだ!」
目の前でグラスに注がれるワインを見て、満足そうにマルタウスは笑う。
「二人分、もう一つはヴェッキーの分だ」
ヴェッキーがおずおずとグラスに口をつけようとしたその時、テーブルに密着するミリアーナのポケットから派手な電子音が鳴った。その音でびくりと体を震わせ、ミリアーナが顔を上げる。その目は赤く腫れていた。一瞬二人の前にあるワイングラスを見て恐ろしい形相を見せたが、すぐに電話をとる。
「もしもし……わかったわ、三十七階ね。できるだけ早く行く」
淡白な返事をして電話を切るミリアーナ。タンクトップの上から羽織っていた革ジャンに袖を通すと荷物をまとめ、席をたった。執念深くマルタウスはヴェッキーが手をつけなかったワインまで喉に通した。
レジでコーヒーやフレンチフライなどヴェッキー達が飲み食いしたものが読み上げられる。
「ホットミルク一点、それからワインが二点。合計26ドルです」
思わず強張る。ワインを注文したことに関して言い逃れはできない。言葉が見つからず、視線を泳がせる。
だが、意外にもミリアーナは何食わぬ顔をして、クレジットカードで支払いを済ませた。カフェを出たところでヴェッキーとマルタウスはお小言がなかったことに胸をなでおろした。
「別にアンタらがやったこと見逃したわけじゃないから」
「……」
やっぱり、ダメだったか。
♢
オフィスビルのエレベーターで耳が痛くなるほどぐんぐんと高くまでゆく。エレベーターから改めてロサンゼルスの街並みを見下ろす。ロサンゼルス郡の中心部はハリウッドやビバリーヒルズと違ってゴリゴリの高層ビル街だ。改めて西海岸最大の都市にきたことを思い知らされる。
ミリアーナの後ろについてヴェッキーとマルタウスは三十七階へと足を踏み入れた。カーペットを貼られたフロアは不気味なほどの静けさをたたえている。もしかしたらこれから会う相手はかなり社会的地位の高い人物なのかもしれない。
廊下を左にずっと進んでいったところで、ヴェッキー達の前に体格のいい二人のスーツ男が現れた。とはいっても二人ともヴェッキーよりは小さいのだが。よくよく見てみると彼らは数時間前までミリアーナの車を先導していたSUV、その車内にいた男達だった。
「お待ちしていました。どうぞこちらへ」
彼らに連れられた先にはシルバーに輝く分厚い金属でできた自動ドアが立ちはだかっていた。
「我々が案内できるのはここまでです。後はあなた方で」
ひとりでにひらく自動ドア。この先にいるのがヨハン・ベーカリーについての情報を握っている知り合いなのだろう。自然と胸騒ぎがするのだった。
ドアの奥に広がっていたのは本や雑貨というものが全く無い、こじんまりとした部屋だった。
大きなガラス張りの窓際で、ふかふかのデスクチェアに腰掛けている男。こちら側に背を向けているので素顔わからないが、よく手入れされたブロンドの短髪と、椅子の背もたれから見え隠れする上質なスーツの肩部分に、その男の気品を感じ取ったヴェッキー。
「よくぞ来てくれたねっ。ミリアーナんっ!相変わらず可愛いぞっ」
椅子を回転させてこちらを振り向く男。彼の全体像が明らかになる。
「おっおぉ……」
ミリアーナより少し年上ぐらいのその男は、聡明そうな鋭い目をしていた。右手には二リットルのクリームソーダ、左手にはピザを一切れ携えていた。
不摂生の記号のようなアイテムからは予想できないほどのスマートなシルエット。その風貌はまさにセクシーなナイスガイの体現だった。
「相変わらずカスみたいな食生活してるわね」
男はベタベタにワックスを塗りたくった長めの金髪を指で梳いた。
「ぬふん、言っているだろうっ。僕さんのような高貴な人間にのみクリームソーダと言う贅沢が許されるんだ。そしてこのダブルチーズピザもね。ミリアーナんっ! 君供三人の分も用意しておいた。存分にこの高貴な食事を味わいたまえ」
随分と上から目線のその男は彼らの前にあるローテーブルの上を指差した。
「いや、気持ちは嬉しいんが腹が膨れてるんだ……」
「僕もだよぅ〜」
マルタウスも少し酔っ払い気味でそう答える。
「そうかそうかっ、それは残念だ。君供にもこの味を教えてあげたかったのだが、仕方あるまい」
男はデスクの電話機を取ると誰かにかけ始めた。
「おお、トラフノかっ。僕さんの部屋に来たまえっ。高貴な食事を用意しているぞ。なにっ? クリームソーダはもういらないだと? ぬかすなっ、文句をいうような小童は泥水をすすっていろっ!」
乱暴に電話を切ると、男はようやくヴェッキー達の方を正面から見た。
「あらためて、君供の名前でも聞いておこうか?」
そういう時は自分から名乗るべきだろう、とツッコミを入れたい気分だったが、この男の生意気な態度を考えてヴェッキーは諦める。
「オレはヴェッキー、ミリアーナとヨハン・ベーカリーを探してる。隣のこいつがマルタウス、イタリアから来たチャラい野郎だ」
「ヴェ……ヴェッキー、君は僕をそんなふうに見ていたのか」
マルタウスが信じられないというふうに頭を抱えた。
「そうかそうかっ、まぁ知ってるんだけどね。ミリアーナんから教えてもらったからねっ!」
「ならなんで、聞いたんだよ……」
自分が名乗るために形式的に相手の名前を聞いたということなのか、鼻につく男だ。
「僕さんはウィリアム・ガルベストン。この情報信用会社ピーコックのCEOだ。ミリアーナんとは旧知かつお互い愛し合う仲なのだっ、まぁ気軽にウィルと呼んでくれたまえっ」
「へぇ……カレシか。田舎の芋女と思っていたが、ロサンゼルスで男作るなんてちゃっかりしてるじゃねぇか!」
ヴェッキーはニヤニヤ白い歯を見せ、マルタウスはミリアーナに拍手した。
「違うから! 昔近所だっただけよ! ウィル、誤解をうむようなことはやめて頂戴!」
「おやおやっ、僕さんは未来の話をしただけなんだがなぁ……」
「ほんとキモいわね、アンタ」
ミリアーナの軽蔑の眼差しをウィリアムは少しも気にしていないようで、ヴェッキー達をローテーブルの前の長椅子に腰掛けるよう促した。彼は自分のデスクから合衆国の地図を取り出した。
それをローテーブルいっぱいに広げる。
「さっそく本題に入ろう。ミリアーナんの父親ヨハン捜索の件だが、すでに大まかな所在場所は掴んでいる」
ウィリアムがある場所を指差した。
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