おまけ マルタウスのクッキング教室(ご家庭でできる)
ここは世界の何処かにある特設料理スタジオだ。
設備や道具は一式揃えられており、普段道具がなくて複雑な料理にチャレンジできない主婦層も、きっとメキメキとインスピレーションが湧くに違いない。
「チャオ! 突然始まったこのコーナーは、美しさと書いて僕と読む、そんな僕マルタウスがクッキングをするコーナーだ!」
マルタウスがキッチンの上に乗り上がって、特製のプラスチックボードをでかでかと掲げた。
「そしてそんな僕に相応しい、エキセントリックな助手を紹介しよう! ミリアーナッ・ベーカリーッ! はい拍手!」
「何なのよこのふざけた企画は!」
「ノンノン、そんなに怒らないでくれよミリアーナ! ほら、見てくれこのエプロン。君に似合いそうなものをわざわざ選んで用意したんだ」
ポケットが三つある水色パステルカラーのエプロンを台所の下から取り出したマルタウス。
「……へぇ、最近の女子が好きそうなやつじゃない。少し見直したかも」
「だろう? シニョリーナの流行を把握しておくことはプレイボーイの秘訣なんだ。……ほら、こうやって背中に紐を回すんだ。おや、後ろで蝶々結びにするのは結構難しいな」
「ってアンタが着るんかい」
「……ハイ、ということで料理を始めていこうか」
ヴェッキーは少し離れたテーブルに踏ん反り返って彼らを見ていた。
ここ数日は連戦につぐ連戦で疲弊していたが、たまにはこうやって息抜きをするのもいいかもしれない。
ちなみにヴェッキーは食レポ係だった。
「今日は何を作るんだ?」
「おぉ、やっと食レポ要員らしい発言をしてくれたじゃないかヴェッキー! うんむ、よくぞ聞いてくれた。ミリアーナ言ってやってくれ、今回作るのは肉とチーズの相性が抜群のあの料理だ」
「もうできてるわよ」
「あっなるほど……ビーフジャーキーの上に粉チーズを……いや、雑すぎるだろうそれは! 違います、今回やるのは「ミートソースラザニア」だよ、キッズも大喜びだ! キッズイェーイ!」
平常よりさらに不安定なマルタウスのテンションに、早くも置いていかれそうになる。
マルタウスは材料を冷蔵庫から取り出した。
「えー、材料はラザニア、ミートソース、クリームソース、パルメザンチーズ、バターだよ。まぁ、パスタ料理の中では比較的シンプルな方じゃないかな。よし、ミリアーナ得意のうんちくを頼むよ」
「はぁ〜? うんちくってのはパッと言われて話せるもんじゃないのよ。大体アタシはそういうご都合説明キャラじゃ……ラザニアというのは小麦粉に水ではなく卵を加えることでマイルドかつ歯ごたえのある「エッグパスタ」の中でも、長方形をした板状のパスタ、つまりパスタ自体の名前がラザニアなのよ。
だから、アタシ達が普段食べているところの料理としての「ラザニアは”Lasagna alla 〇〇”とイタリアでは呼ばれているわ。〇〇のところはソースや食材が入るのよ」
「ご丁寧にどうも、ちなみに今日作るのはミートソースラザニアなのでイタリア風に言うと“ラザニア・アッラ・ボロネーゼ”だ。では早速始めていこう!」
ヴェッキーはマルタウスが横に退けたビーフジャーキーの粉チーズ掛けをしゃぶり始める。
ヴェッキーにはこの時から先見があったのだ、いかに彼らの計画がずさんであるかということが。
「じゃあラザニアを茹でていこう。まずお湯を沸かすんだが……おっ、ミリアーナ! 早速お湯を沸かしているじゃないか。コツはたっぷりのお湯で茹でることだ。一リットルに対して小さじ一杯の塩を入れよう」
「ちょっと、アンタ何してんのよ! これはアタシがビーフジャーキーを湯に晒して味付きビーフに戻すための鍋なんだけど」
「保存肉に君は何を求めているんだ? まぁいい、塩を入れたらラザニアを投入だ。ラザニアは重ならないように一枚ずつ入れよう。重なるとそこが茹でられなくなるからね。難しい時はオリーブオイルを入れよう、油が膜を作ってパスタ同士がくっつきにくくなる」
マルタウスは鍋の真ん中に連続してラザニアを投入していく。
「よくパスタを茹でる時に最後までぐるぐるかき混ぜる人がいるけれど、あれは入れた直後にくっつかないようにするだけでいいんだ。ずっと混ぜていると表面の粉が取れてツルツルになってしまう。すると、ソースと絡みにくくなるんだよ」
「はぁ〜」
ラザニアは特にくっつきやすいのか、マルタウスはそれぞれの狭間に菜箸を刺して注意深く観察していた。
「よし。指で切れるぐらいの柔らかさに茹でたら大丈夫だ。一枚ずつ取り出して平らなところで水気を取っておこう」
続いて彼は底の深い耐熱皿を取り出した。
「耐熱皿にバターをたっぷり塗る。この時にムラがあると焦げ付いてしまうからね。さぁ皿にソースを入れるよ。ミリアーナ、ミートソースとホワイトソースを用意してくれ」
「はぁ? 無いわよそんなもの」
「え、いやいや! ミリアーナ、テレビでやっている料理教室とかで見るだろう「こちらが予め一晩冷やしておいたゼリーです」とか、「予め擦っておいたニンニクです」とか? 大体ああいうのは助手が準備しておくものじゃ無いのか? まさか作ってないとかじゃないだろうね?」
ミリアーナがマルタウスの胸ぐらを掴んだ。
「アンタ、アタシを雑用係にこき使おうってわけ? いいご身分じゃない」
「だって、君ってアシスタントじゃ……まさか、本当に作ってないのか?」
「いつからそんな口聞けるようになったのよアンタは! 言っとくけどそんなもの、もちろん作ってないわよ!」
「オッディーオ! これじゃ先の工程に進めないじゃないか!」
マルタウスが頭を抱えて嘆いた。
「グダグダだな」
ヴェッキーはビーフジャーキーをかじりながらため息をついた。あの二人に連携力を要する料理ができるなど、微塵でも期待した自分がバカだった。
ミートソースもホワイトソースも作っていないのでは、完成するのにあと2時間はくだらないのではないか。もういっそ昼飯はこれでいいかもしれない。
「うんむ、ヴェッキーには手作りの美味しさを知って欲しかったんだが……この際背に腹は変えられない! ミリアーナ缶詰のソースを買って来てくれ、スーパーに急ぐんだ!」
しかし、ミリアーナは冷蔵庫の方へ歩いていくのだった。そして、中段の扉を引き、何かを取り出した。
「こちらが前日にスーパーにて購入し、一晩冷やしておいたソースです」
「さすがミリアーナ抜かりない女性だ! でも、できれば作っておいて欲しかった!」
気を取り直して、マルタウスが耐熱皿を手元に引き寄せた。
「じゃあ、まずミートソースの一段目だ。缶の蓋を開けたら、はねないように気をつけて注ごう……って、アレ? ソースが出てこないぞ」
マルタウスがいくら缶を傾けても一滴もソースが出てこなかった。彼が不思議そうに内側を覗き込む。
「冷凍されている、カチンコチンに! ミリアーナ! どうしてこんなひどいことを!」
「長持ちするでしょその方が」
「君というやつは……これではソースが注げないじゃないかっ!」
度重なるミリアーナの無神経な行動に温厚なマルタウスもさすがに苛立ち始めた。
「文句あんの?」
「……」
凍てついた雰囲気。
もう、見ていられなくなった。
「もういい、やめろ! そこまで無理して作る必要ねぇだろ!」
ヴェッキーはこれ以上空気が悪くなることを避けたかった。
ギスギスした厨房で作られる料理など、食べたいとは思えない。
手順もさっきからパスタを茹でて、さらにバターを塗っただけだ。ほとんど何も進んでいないではないか。
「ミリアーナ、ヴェッキーの言う通りだ。僕は、もうこれ以上料理するのはやめるよ」
「はぁ? 大体アンタが言い出したことでしょ!」
「やっぱり僕たち二人が仲良く協力関係にいることは難しかったんだね。いいよ、やることは一つだ。この場を徹底的に破壊する」
彼がキッチンの下から持ち出したのは。容量が1.5リットルはありそうな銀色の大瓶だった。
いつもの小ぶりな液体量ではない。
「ミリアーナ! 伏せろ、そいつはやる気だ!」
「え? 何!」
マルタウスを怒らせてしまった。一度は彼を打ちのめしたヴェッキーだが、二度もあの幸運が続くとは限らない。
ましてやあの水の量で「ヴェネツィアとその潟」の能力を使えば、この調理場が大惨事になるのを予想することは別段難しいことではなかった。
「さぁ、お見せしよう。これが、僕の全力」
「考え直せ、マルタウス! ここの機材をぶっ壊したら、弁償代はどうするんだ?」
「さぁ、君の言っていることはよくわからないね」
彼は大瓶の蓋を回し、開けた。
そしてそれをとくとくと耐熱皿の中に注いだ。
「こんなこともあろうかと、僕の方も準備させてもらった」
「マルタウスやめろおぉぉっ!」
「こちらが事前に調理し、冷やしておいたミートソースです」
⭐︎不定期開催豆知識
アメリカで一番有名なパスタ料理といえば、マカロニチーズなのではないでしょうか。
バターを塗った耐熱皿に茹でたマカロニを乗せ、上からチェダーチーズを乗せてオーブンで加熱するというカロリーオバケ代表。カロリーが気になる方はバターをカロリーオフにしたり減らせばいいようです。マカロニ&チーズと検索すれば付属チーズのついたいくつかの商品がヒットすることかと思います。一度試してみては?
ブックオフにて250円で買った二十年前のパスタ料理本を参考にしていますが、家にコンロが一口しかない僕は、ミートソースを作る過程でパスタの茹で汁を入れるためにソース作りより先にパスタを茹でなければなりません。もちろんソースを作っている間に茹でたパスタは硬くなっていくわけで……。
めんどいっすわ〜。
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