青銅の巨人
ぼんやりとだが視界が戻ってくる。そこには先ほどまであった崩れかけの青空とは違い、美しい満点の星空が広がっていた。
「ここは……?」
ヴェッキーは改めて周りを見回す。目がまだ慣れていたいので顔はよく見えないが三人の人が倒れていた。
服装から見て固まっているのがマルタウス、何かにうなされているのがミリアーナ、口から泡を吹きながら小刻みに震えているのがブレイン。
そして他に確認できるのは一軒の廃屋のみだった。最初に行った村でもない、今までいた街でもない。砂漠のど真ん中の見知らぬ土地。
その時ミリアーナが体を起こした。
「ん、ヴェッキー?」
「おう」
ミリアーナも目の前の様子にかなり混乱しているようだった。彼女は愛車のミニクーパーが見えなかったので初めはとても焦っていたが、廃屋の裏に停めてあるのを確認すると改めて今の状況を確認し始めた。
「どうやら、アタシ達はブレインに騙されてここまで連れてこられたようね」
その本人はヴェッキーの目の前で伸びている。
「で、殴らないの? そいつ」
「起きるまではそのつもりだった。だが、今一発でもこいつを殴ったら死にそうで怖い」
「言えてる」
ミリアーナは付け加えた。
「それから廃屋の裏にはアタシの車以外に大型二輪と黒いSUVが止まってたのよ」
二人は廃屋の裏に回った。その時ミリアーナがクーパーの車内をふと見て何かに気付いた。
「ん?」
後部座席に何か大きなものが乗せられていた。二人はクーパーへ近づき、中を覗き込む。
「こ……こりゃあ、やべぇぞ」
中では立派に黒光りしたゴキブリが5,6匹。それらがシートの上をのそのそとうごめいていたのだ。
「ギイヤァァァッ!」
ミリアーナはどこから出てるのかわからないほど大きな声を上げて、尻餅をついた。
「ちょっとっ! ヴェッキー、あいつらを車外につまみ出しなさい!」
「えぇ? オレ? まじかよ……」
たじろぐヴェッキー。
その時目の前の黒いSUVから12歳ぐらいの少年が降りてきた。彼は二人の元へ走り寄る。
「何だ、おめぇ?」
半袖半パンという活発すぎるスタイルに大きなリュックサックを背負っている少年。彼の好奇心旺盛そうなくりくりした目がヴェッキー達の方へ向けられていた。
「ワッハッハッ!」
少年が笑い出した。ヴェッキー達は拍子抜けでぽかんと彼を見つめる。
「忍術大成功! これこそ甲賀流忍法、ゴキブリハウスの術なり〜!」
「……」
「すっ……滑った⁉ くそー、今回の忍術は中々だったのに!」
「アンタがやったの?」
「そうさ! オイラこそが北米のラストNINJA、トラノフスキー様だっ!」
少年はさも自分が壮大なプロジェクトを完成させたような口ぶりで大きく胸を張った。
「あっそ、じゃあ許さないから」
ミリアーナは低い声で呟くと、少年の頭を掴んで拳骨を両方のこめかみにねじ込んだ。
「あっ、痛い! ちょっとやめてってば!」
「許されると思ってるの?ヴェッキー、やっぱりその不潔な虫どもはこのガキの口の中がお似合いよ」
ぎょっとして慌て出す少年。
「ごめんごめん、ほんとすみませんでした! あのゴキブリはアロワナ用だから綺麗なやつなんだ、だから許して〜!」
少年は痛そうに顔を引きつらせながら言う。そこで拘束を解いたミリアーナは容赦なく少年の尻をひっぱたくと、彼に自ら車の中を掃除するよう命じた。
♢
「これで全部? 一匹でも残したらぶっ殺すわよ」
「うぅ……調子に乗ったオイラが悪かったよ」
少年は反省した様子で肩をすくめながら虫かごの蓋を閉めた。
「それよりおねーさんたち、早くここを出た方がいーよ。あのヴァンパイアハンターがいつ目覚めるかわからないし。逃げるなら今のうち!」
そういえば映写機の術中から抜け出してから結構な時間を消費してしまっていた。こうしている間にもブレインが動き出すかもしれない。
「そうだな。オレは表に倒れてるマルタウスを連れてくる。坊主、SUVの運転手に先導を頼むぞ」
少年は了承の印なのか、忍者のように胸の前で人差し指を重ね合わせると虫かごをSUVに置きに行った。
彼の言った通り、急いでここを離れた方がいいのは確かだ。それにここがどこであるにしろ時間を食った分少しでもロサンゼルスに近づくのが望ましい。
ヴェッキーは地面でカチコチに体を硬直させるマルタウスの元へ駆け寄った。
「おい、マルタウス。起きろ、ここを離れるぞ」
マルタウスが恐る恐る目を開けて、覗き込んでいたヴェッキーの顔を見た。焦点が合わないのか、はっきりヴェッキーのことを認識できていないようだった。
「むぅ……? ハッ! ゾンビだぁぁ!」
「今更かよ!」
次の目的地ロサンゼルスまでーーあと177マイル!
⭐︎
今回で「目指すぜ、ロサンゼルス編!」は終わりです。
次回はおまけ、その次からは「生き残れ、西海岸編!」です。
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