マッケンジーの映写機 3
かつてのヴァンパイアハンターのイメージは彼にとっては視線の中でちらつくコバエのようなものだった。
戦闘力も低く体も脆い。ヴェッキーは目の前の敵をずっと倒し続けただけだ、それで「アリゾナ最強最悪の吸血鬼」と呼ばれるのは不当だと思っていた。ヴェッキーに向かってくる彼らが弱すぎただけなのだ。
だが、十年前のヨハンとの戦いを最後に、もうそうではなくなったことが分かった。ヴァンパイアハンターは以前の彼らではない、今の彼らはあまりにも強すぎる。AVWとかいう奇妙な武器のせいで、ヴェッキーはもう何度も苦しめられている。
「弱気にならないでよ! アリゾナ最強最悪の吸血鬼なんでしょ!」
「……昔の話だ」
そうだ、ヴェッキーはこの時代に再び生まれてくるんじゃなかったと思った。
所詮アリゾナ中に悪名を轟かせた吸血鬼「ヴェッキー」はもう前時代の遺物へと風化してしまった。今の時代には肉体派の吸血鬼なんて、AVWを持ったヴァンパイアハンター達には駆除し捕獲するための害虫にすぎない存在に成り下がったのだ。
「今のオレには何もすることはない」
「あーぁ、どうやら完全に諦めモードみたいだな。はっきり言って興醒めだよ。新種の吸血鬼ならもう少し手応えが欲しかったな」
ブレインが悟ったような口ぶりのヴェッキーに吐き捨てるように言った。彼はポケットからメモ帳を取り出した。
「今回の勝負。vs世界遺産型吸血鬼(笑)は……俺の完全勝利っと。これで無敗の歴史にまた新たなページが加わったわけだ。満足満足」
「ねぇ、ヴェッキー!本当にそれでいいの? アンタそれで後悔しないの?」
「……」
「じゃあ、改めて。ひとーつ。これからお前達の見ている映像を感覚への刺激が強いものに変えまーす!ふたーつ。映像がお前達の現実と虚構との感覚の差を埋めていきまーす!みーっつ。虚構からの刺激に慣れたお前達は虚構の感覚のみを知覚して、現実への感覚の扉を閉ざされまーす!よーっつ。お前達は廃人になり、ブタ箱いきになりまーす!」
「ヴェッキー! よく考え直して! 本当に諦めていいの?」
ミリアーナがヴェッキーの顔元に駆け寄り、必死に呼びかけた。
その時、ヴェッキーはミリアーナの口を彼のゴツゴツした手のひらで塞いだ。
「ミリアーナ、少し静かにしててくれよ。聞こえねぇだろ」
ヴェッキーはこの世界のイレギュラーに耳を傾けていた。
どしり、どしりと地を揺るがす音。それは遠くからやってくる、空を見ているヴェッキーからは見えないが、確かにそれは近づいてくる。
「この世界にもう一人、オレらの知らない奴が紛れ込んでる」
ヴェッキーもさっきまでそのことに気づかなかった。
正直途中まで本当に諦めようと思っていた。
だが、ブレインがメモ帳を取り出したあたりから、ものすごい音を立てて何かがこちらの方へやってきているのに気づいた。
何かが起きるかもしれない。
「そして、そいつはもうすぐそこまで来てる」
次の瞬間、ヴェッキー達のいる噴水広場前に立っていた北欧風のアパートがものすごい音を立てて爆散した。アパートが無数の塊となって弾ける。そして捲き上る土煙の後ろに佇む影。それはあまりにも大きい人影だった。
高さは10トントラック縦三台分を悠に超え、ふくよかでどっしりとした体型。淡い錆びついた緑色の体は同じ色をした東洋系のゆったりとした衣と一体化している。
くるくると巻いた螺髪の下には口や鼻はなく、代わりに重機のフロントライトのような二つの目が、まばゆい光を放っていた。威圧感を感じさせるその姿はそこはかとなくアジア風だった。
巨人はアパートを破壊するだけに飽き足らずその隣に立っていた商館などの建造物を更にまとめて三つ叩き壊した。悲鳴をあげる住民達は蜘蛛の子を散らすように広場の前から去ると、ヴェッキーとミリアーナの二人だけが取り残された。
「なんなの、あれ?」
「さぁな。オレにもわかんねぇ。だが、流れは着実に変わって来てるぜ」
ヴェッキー達は巨人がそのあとも次々と建物を破壊していく様子をただ見上げていた。
不測の事態に黙っていられなくなったブレインがディスプレイ越しに巨人に訴え始めた。
「おっおいっ!お前、俺の世界で何好き放題やってる?お前みたいな奴はモデリングした覚えがないぞ!」
『……』
巨人はディスプレイに映るブレインの方を一瞬見たが、すぐに破壊活動を再開した。
「無視か……ククク、いいだろう。だが、この世界では俺が神だ。それを忘れるな!」
突如ヴェッキー達を挟んで巨人の反対側の位置で地を揺るがすような轟音がした。そして地面から突如姿を表したのは、近代の街並みにはあまりにそぐわないガラス張りの高層ビルだった。
ヴェッキーにはその屋上に仁王立ちするブレインの姿が見えた。
『あーあー、マイクテスト中……よし』
ブレインの声が街中に響き渡るほどに拡声される。
『お前のようなバグは俺直々に消去してやる。いざ行くぞ、変形っ!』
地面に立っていた高層ビルがその一声で空中に浮いたように見えた。
だが、実際にはビルの基盤から二本の黒い足が生えたのだった。
歩けるようになった高層ビルの横からは更に二本の黒い腕が表出する。その姿はまるで巨大な歩く箱だった。
胴長のビルロボは巨人より更にふた回りほど大きさで優っていた。
『ククク、どうだ! これが超変形ロボ、グレートブレイン一号機だ! イケてるだろ?』
正直変形らしき変形をしていないそれは半身で足を大きく開き、右腕を前に出して戦いの体制を作った。
そこでようやく巨人も向きなおり、両者が睨み合う形となる。ヴェッキーとミリアーナはその様子を固唾を飲んで見守るしかなかった。
『まぁ、大きさから見てこの勝負俺の勝ちだな。だが、それではつまらない!』
ブレインの勝気な声が響き渡る
『ということで特別サービスだ。実はこのグレートブレイン号、ビルでいうと質量重心の8階あたりが弱点だ! そして俺のいる操縦席は12階あたりにある! ヒントはそれだけだ、さぁ勝てるかn——』
巨人が地面から引っこ抜き、ぶん投げた鐘楼は的確にビルの8階あたりに刺さった。
『おい、人の話は最後まで聞——』
続いて動きを止めたロボットビルの12階あたりに、巨人の右アッパーがめり込む。そしてそこから大きな火柱が上がった。
『……』
青銅の巨人はぽっかりと空いた穴からちっぽけなブレインの背中をつまみ出すと、そのまま顔の前で宙吊りにした。その高さ地上30メートル。
『わぁ〜いいながめだなぁ〜……じゃなくて……ハハ、すみません本当僕高いとこダメなんで……素直に降ろしてください』
先ほどの威勢とは打って変わって別人のようにおとなしくなったブレインを二つの眩しい目でしばらく観察した後、巨人は彼を解放した。
空中で!
黒い人影がすぅと空を滑るように落っこちっていくのが見えた。
突如ヴェッキー達の耳に地球の鼓動ともいうべきか、脳を震わすような重低音が響き渡った。大地は揺れていた。
「なっなんなの、これは? 地震?」
次々と悲鳴をあげながら崩落して行く建物、ヴェッキー達もひび割れた花壇のへりに捕まっているのが必死だった。運良く広場にいたことで高い建造物の下敷きになるのを避けられた二人。
「どうやら、この世界が終わり始めてるみてぇだ」
空はまるでそれがドームだったように中央から亀裂を生じさせ、ひび割れてゆく。この天変地異ともいうべき現象。
「ということは倒したのね、ブレインを!」
「けど、どうやってここから出るんだ? このままじゃオレ達……」
その時ロボットを倒した巨人がこちらへ歩いてきた。そしてヴェッキー達のすぐ前に立つ。改めて真下から見上げるとその大きさがありありと伝わってきた。輝く目が二人を見つめる。
「おめぇは、オレ達の味方なのか?」
『……』
何も言わなかった。
ヴェッキー達の前に太い腕が伸びてきたかと思うと、二人の体は巨人が掌の中の闇へとすっぽり包まれたのだった。
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