マッケンジーの映写機 2

「いいねぇ……やってるやってる」


 ブレインは自分のいる廃屋の外で、コーヒーで酔っ払った蝿みたいに右往左往したり、ぐるぐるその場で回転する男女を見てほくそ笑んでいた。


 そして映写機付属のモニターが、彼らが仮想現実で何をしているかを中継している映像と現実の彼らを見比べて楽しむ。だが、ヴェッキー達とブレインを隔てるのは壁一枚。決して安全ではなかった。


 その状態で相手を挑発して、自身へのリスクを高める。それがブレインの今の楽しみだった。煽って煽って煽りまくる。もし、怒っているヴェッキーが運良く認識の檻から抜け出し、ブレインを捕まえたなら、彼は本当にブレインをボコボコにするだろう。


「だが、それがいい。スリルを求め、リスクを背負い、ドキドキを楽しむ。それこそが俺の求める「ライド感」!」

 壁一枚向こうで自分をぶん殴りたくてたまらない男が自分を探してうろついていると思うと、彼の「ライド感」から沸き起こる興奮はとどまることを知らないのだった。


 あのいかつい男がヴェッキーで、道の真ん中で気絶しているのがマルタウスだということもブレインは知っていた。彼らはブレインが映写機で作り出した映像に向かって自分達の名前、持っている超能力、色んなことを仔細に漏らしてくれた。

 そう、ヴェッキーとマルタウスが親しげに話していた髭の男とハンサムな男はブレインが作り出した映像だったのだ。


 事の始まりはブレインがカリフォルニア州からキングマンへバイクでぶっ飛ばし、何とか目的の人物を発見したところからだった。

カール・ジョンソンが電話で言っていた「金髪の吸血鬼」は目立ちすぎていた。

 女の子達にナンパをしかけて、ことば巧みに彼女達を褒めちぎってご機嫌取りをしていた彼——のちにそいつがマルタウスという名前であることを知るのだがーーは他二人の男女と行動を共にしていた。


 彼らは修理工に数日間車を出していたようで、15時過ぎにようやくそれを回収するとすぐに西へと向かい、ブレインもその後を追った。彼の大型二輪ホンダ・ゴールドウイングはマルタウス同様田舎道では目立ったので、尾行がバレなかったのが不思議なくらいだ。


 高速道路で彼らの赤いミニクーパーを見失わないよう走っていると、早くもカリフォルニア州との州境手前で車を路肩に止め、彼らは金属の小瓶のようなものを座席から後ろのトランクに積み換える。それが何であるかはどうでも良く、ブレインにとってはその時間こそが待ち望んだ好機だった。

 すぐさま背中の焼門印に体内の質量エネルギーを流し込み、「マッケンジーの映写機」を現実態エネルゲイア化させた。


 赤、青、緑。光の三原色に発光する球体からなるこのAVWは直接相手を傷つけたり、吹っ飛ばしたりできない。

 だが、映写機はブレインの考えた虚構の世界を相手の網膜に“映写”して幻覚を見せることができる。映画館でフィルムを映し出す本来の映写機とは見た目も使い方も違うが、ブレインにとってはこっちの方が断然「イケてる」のだった。


 映写機は、前方で車を降りコロラド川を見下ろすヴェッキーたちに効果を発動させた。

 もう彼らの網膜からは暫くの間、ブレインが作り出した髭のライダーとヘルメットのライダーの姿が焼き付いて離れないはずだ。

 そしてまんまと騙された彼らは、幻に誘導されるまま途中で州間高速道路I-40を大きく逸れて、何もないここへおびき寄せられた。

 ブレインは彼らの後を追いながら浮遊する映写機を体の周りで回しながら遊んでいた。


 彼らが最初にやってきた村、そこの住人、バーやホテルその全てが映写機の見せる嘘、まやかし。

 最初から村なんてものはなく、実際には僅かな廃墟の残るゴーストタウンだ。そのあとに彼らは村を車で抜け出したが、それも幻覚だ。

 ヴェッキーたちは車で村を脱出したと思っているようだが、実際には車に乗ってすらいなかった。数メートルその場を空気椅子で移動するというショートコントばりの高等芸をやって見せただけだった。

 ブレインはそれを見て終始大爆笑していた。

 といった感じにヴェッキー達がやってきたこと全てが全てブレインの作り出した映像で、彼らはその上で踊らされていただけなのだ。


 だが、

「やっぱりこれじゃ足りない。俺の求める「ライド感」はこんなものじゃない」

 ブレインは頭を左右にぶんぶんと振った。


 今の彼らに壁一枚隔てた自分を見つけることはどうやっても不可能だ。これでは見つかってしまうという恐怖やドキドキは感じられない。ならばーー

 ブレインは今までいた廃墟のドアを開け外に出た。依然としてヴェッキー達は星空の下でジグザグに歩いたり、その場で後ろ歩きをしたりしていて大分幻覚がきいているみたいだった。


 この調子でいけば次第に触覚も完全に映写機の映像に準拠するために、体が現実世界の感覚を捨てていくため、映像に合わせて歩くこともなくなる。

 そして最後には動けなくなり幻想の中にとらわれるのだ。


 現実へ戻れなくなり廃人状態になった彼らを捕らえた暁には必ずやヴァンパイアハンター協会の研究所から新種発見の功労賞を与えられるに違いない。


「今のままなら90パーセント俺が勝つ……いや、だめだ!これでは俺に余裕がありすぎる。もっと「ライド感」を得ないと!」


 ブレインはヴェッキー達の元へ駆け寄ると彼らの後ろについて一緒に砂の道路をぐるぐる回り始めた。


「もしあいつらの手が俺に触れたら、アウトだ。ククク……いいぞ、いいゲームだ」


 ヴェッキー達は数時間とも思えるような長い間、広場の周りを駆け回った。

 が、ついに目に見えないブレインを捕まえることはできなかった。

 ヴェッキーは疲れ果て、地面に崩れ落ちた。


「ダメだ、微塵も手がかりを見つけることができなかった……」

「体力も心も限界よ」

 ミリアーナも広場に座り込み、噴水の水の上に頭をもたげる。

 自分達はこのままブレインの術中に嵌り、現実世界に帰還することは叶わないのか。

 その時しばらく途切れていたディスプレイとの通信が再開された。


「おう、お前達諦めちゃダメだ!勝負ってのは全身全霊でやってこそなんだ!」

 ディスプレイ越しに暑苦しい言葉を投げかけてくるのはブレイン。


「お前達が虚構の世界でシケた顔でへたり込んでいるのも筒抜け! それじゃ面白くないんだよ〜! もっと俺を楽しませろよ、感じさせろよ、「ライド感」を!」


「ごちゃごちゃ抜かすんじゃねぇ!」

 ヴェッキーが怒鳴った。


「……もういい、お前は黙ってろ。オレはこれ以上何もしねぇ」


 人事は尽くした。彼は彼なりにベストで、ブレインを探し続けた。

 だから、全てを振り絞った今、それでもダメというならヴェッキーにとってそれはもう、どうしようもないことだったのだ。

 彼はこうして地に大の字になって寝そべる、虚構の空を見上げる。

「ちょっと、ヴェッキー!アンタ、諦める気?ヨハンに会いたいって言ったのに、こんなところでヴァンパイアハンターに捕まっていいわけ?」

 彼の行動に驚きを隠せないミリアーナ。


「るせぇ! もうお天道様でも神様でも頼るぐらいしかねぇだろ! オレの力じゃこれ以上の好転は望めねぇつってんだよ!」


 天を仰ぎながらふん、と鼻を鳴らすヴェッキー。

 ブレイン、いや十年後彼を待っていたヴァンパイアハンターは皆手練ればかりだった。

 こんなはずではなかったというのに。


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