マッケンジーの映写機 1
「何だよ、こんなのって……ありえねぇよ」
ヴェッキーは下に転がってきた頭部の元々の持ち主の方へと目線を移動させた。確かにそこには首から上を失った男の子の胴体が地面に力なく倒れていた。
「これアタシがやったの? ねえ、アタシがやったの?」
目の前の光景に後ずさりしながら、ミリアーナはぶるぶると震えていた。
「ねぇ、ヴェッキー何とかいってよ……アタシは悪くないっていってよ。アタシは悪くないわよね!ねぇ、何とか言いなさいよ!」
ミリアーナにがしりと肩を掴まれるヴェッキー。だが、ヴェッキーは冷静だった。いや、むしろその時をもって初めて冷静な判断が可能になったというべきか。
「アタシ……人殺しになるの?」
ミリアーナは涙で頬を濡らして、へなへなと地面に崩れ落ちる。普段好き放題に罵倒されているヴェッキーだったが、彼女の弱気な姿は見ていて気分のいいものではなかった。
ヴェッキーは目の前に転がっている首を自分の足元に靴でたぐり寄せた。
「その心配はねぇぜ……オレがここで証拠隠滅してやる」
彼はチノパンの片足部分を邪魔にならないように捲り上げると、右膝を折る。そしてペットボトルを潰すような要領で、真下のそれを思いっきりーー
「おっと、そこまでだ! 児童への虐待と死体蹴りのダブルパンチはPTAが怖いからな」
ヴェッキーはカウボーイブーツの底が男の子の顔に触れるすれすれの所で足を止めた。
「おめぇがコソコソすればするほど後でおめぇをボコる量を割り増しするぞ、女泣かしのクズ野郎」
「チッ、おっかないね。わかったよ姿を現すって」
ふとミリアーナとヴェッキーの前に半透明の巨大なディスプレイが出現した。その画面には黒いレーシングースーツを身にまとい、赤いスカーフを巻いた黒髪の青年が映し出されていた。彼は木製の椅子の背もたれを前にし、そこに腕を置いて座っている。
中央部分だけやたら長い前髪が三日月の形にはねており、その下で生き生きしたサイコパスのような目を輝かせていた。青年は悠々自適な笑みを浮かべながら言う。
「ほら、これでいいだろ?」
画面に映る青年の背後にはバネの飛び出たソファーやたっぷり埃を被ったガラス瓶、そして前世紀のものらしき色褪せたポップな広告が貼られた茶色い壁があった。どうやら廃墟のような場所からこちらの様子を中継していたようだ。
「いつからオレ達に幻を見せてる?」
「さぁ?オレもよくわかんないね、なんせこの「マッケンジーの映写機」が勝手に映し出してるもんだから」
青年がカメラを横にPANすると、宙に浮かぶ三つの球体がそこにはあった。球体にはどれも無数の穴が空いており、それぞれの球体の穴から赤、青、緑の光が漏れ出していた。この奇妙なオブジェクト、どう見てもただのインテリアの類ではない。
「AVWか?」
「おーっ! あんた、難しい言葉知ってるんだねー! あったまい〜!ついでに、後ろの女にも教えてあげてよ、あんたらのいる世界がハッタリだってね〜!」
ヴェッキーが伝えるまでもなく、自責の念とショックに参っていたミリアーナが顔をあげた。
「ハッタリですって?」
「そうそう。あんたらはこの俺、ブレイン・ウエストパークのAVW「マッケンジーの映写機」によってリアルな幻覚を見せられてたのさ〜!
で、強面のオッサン、あんたはいつから気づいてたの?」
「さっきこいつを見て思った」
依然として目の前に転がる男の子の首、その断面からは一滴の血も滴っておらず。申し訳程度に再現されたテクスチャーが顔を出しているだけだ。注意深く見るとそれもCGのように細かいポリゴンで出来たものだった。
「造りが雑なんだよ、造りが」
「あちゃー、そいつは痛い! 俺自身も生首の断面は見たことないから、脳内でのモデリングがあまりうまくいかなかったんだな! 最近のゲーマーはグラフィックにうるさいっていうし……。くぅ〜、こいつは反省点だ!」
腕を組み、納得したような表情でしきりに首を縦に振るブレインという男。彼の高いテンションとオーバーな言動はヴェッキー達を苛立たせた。
「まぁ、気づいたところであんたらが映写機から逃げられたわけではないけど」
「んだと? さっさとここから出しておめぇを殴らせろ。」
「ハハッ! じゃあ特別ヒントだ。実はね、オレはアンタの半径20メートル以内にいるんだよ」
「何?」
ヴェッキーは周りを見渡した、しかしどの方向にも噴水広場を歩く住民達の姿があるのみ。
黒いライダースーツを着ている男などどこにもいなかった。大体ディスプレイの中でほくそ笑む彼の背後にあるぼろぼろのソファや曇ったガラス瓶、そして変色した壁などはこの広場には存在していない。
「あ、目を皿にしても無駄だぜ!アンタの網膜というスクリーンには俺が創りだした虚構の世界が映写機の機能で映し出される。つまりあんたは俺に視覚を占領されてるに等しいから、俺を見つけ出すことはできない」
そしてその他の感覚もね、とブレインは付け足した。
「映写機が見せる映像は普通の映像じゃない。4DのVR映像だ。映写機は手始めにあんたらの視覚と聴覚に働きかけて、仮想現実の世界に引きずり込む。そして次第に嗅覚や味覚も映像に準拠するように適応させていく。最終的には、あんたらは映写機が網膜に写す世界に完全に取り込まれるのさ」
そういえばこの街に来てから、ヴェッキーとミリアーナは普通に歩いたりするだけでなくカフェで椅子に座ったり、ボールに触ったりして入る。
すでに触覚は映像に騙されている。このまま映像世界に閉じ込められたままだと、嗅覚と味覚も映像の中で体験するうちに騙され、占領される危険がある。
もし五感を全て奪われたら、きっと二人は外界との疎通が取れなくなる。
廃人になるだろう。その予想はヴェッキーをわずかに震えさせた。
「畜生っ!汚ねぇマネしやがって」
ヴェッキーは一心不乱に空を殴り始めた。
「ちょっとヴェッキー、アンタ一体何を!」
「いいからおめぇもやれ! あいつは必ずこの近くにいる。とりあえずがむしゃらに動いてそこにいるはずの奴に触れるんだ!」
必死の思いで駆け回りながら無様に腕を振り回すヴェッキー。だが、今はこれしか方法がない。ミリアーナもヴェッキーを見て同様に噴水の周りをぐるぐる回りながら走り始めた。
このまま奴を捕まえられなければ気絶しているマルタウスも含めて全員廃人だ。
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