ブレインの性@カリフォルニア州サンタモニカ

 三人がモーテルを立ち去り、時刻は午前4時になろうとしていた。

 寒暖差の激しい乾燥地域ではこの夜明け前の冷え込みが一番酷い。体温を奪われ、顎をガチガチと震わせながらカール・ジョンソンはわずかに残った力を振り絞り、携帯電話を取り出した。この時間でもあの男なら起きているかもしれない、それだけの理由だった。

 しかし、何としてでも自分がここで力尽きる前にこのことを伝えねばなるまい。血に濡れた手で、一縷の望みにキーダイヤルを打つ。


「あー、はいはい?もしもしブレインですけど?」


 その頭の悪そうな声を聞いて、ジョンソンは内心ホッとした。


「よかった。ワシだ、アリゾナのカール・ジョンソン。『アシモフの氷室』のカール・ジョンソンだ」


「あぁ〜!」


 ブレインもそれで納得がいったようだった。


「独身で金はあるのに毛はないジョンソンさんでしたっけ?」


「貴様の嫌味に反応している時間はない、いいかワシは今重傷を負っている。正直いつまた気絶するかわからん……だから、今からいうワシの話を黙って聞け。事態は急を要する」


「よくわかんないっすけど、まぁジョンソンさんが死にそうなことはわかりました!」


「バカモン! ワシは死なん! いいから黙って聞け」


 ブレインと名乗る男は、はいはいとため息をつくとやっとその嫌な口を電話機越しに閉じたようだ。


「ワシはこの数日間金髪の吸血鬼を追っていた。しかし、その男は手強くワシは建物の二階から吹っ飛ばされた。というのも、奴は世界遺産型吸血鬼とかいう特殊な吸血鬼で……世界遺産にまつわる能力を持っているようだ。

 しかも奴はヴェッキーとミリアーナという奴と行動を共にして、キングマンを西に飛び出す可能性が高い。だとすれば奴らが一番使いそうな道路は州間高速道路I-40、キングマンはアリゾナ州西の端だから、次に奴らが通過する大きなポイントはカリフォルニア州で最初の街ニードルズだ。お前はそこで奴とあわよくばその仲間を捕らえろ。新型吸血鬼の発見に繋がるかもしれん」


 しばし10秒の間電話の向こうで沈黙が続いた。どうやら情報を頭のなかで整理していたようだ。


「つまりは……俺がジョンソンさんの尻を拭えってことですかぁ?」


「うるさい! わしは尻を拭う前にウォシュレットを三度繰り返し使用する! 最早ケツは流水により浄化されているのだ! わしのケツは汚くない!」


「そのうち水流で直腸が裂けるんじゃないですか? 「雨だれ尻を穿つ」とか……」


「え? マジで? 貴様、嘘じゃないだろうな!」


「まぁ、なんでもいいですけど。俺、近くにいないですよ」


「何、どれぐらい離れとるのだ?」


「今シアトルでツーリング5日間の旅の3日目なんですよね」


「二千マイル級っ⁉︎」


 ジョンソンは怒りのあまり、気絶した。



「さて、どうしたもんかな〜」


 朝日を浴びてきらきらと光る水面、人もまばらな朝のサンタモニカに飛び交う海鳥達。


 ブレイン・ウエストパークはこの時間を誰にも邪魔されたくなかった。昼間は観光客が多く、それ以外の時間は健康に気を使う地元住民がジョギングやヨガに利用するというサンタモニカ・ビーチ。彼はそこからの景色をずっと独り占めしていたかった。


「ジョンソンさんが敵わないほどの手練れとやり合うなんてこと、まぁそうそうないだろうし」


 ブレインはシアトルにいると口から出まかせを言った。

 実際に彼がいるのはカリフォルニア州ロサンゼルス郡で最も有名な砂浜の一つ、サンタモニカ・ビーチ。

 バイク乗りの彼はホンダ・ゴールドウイングを好む。

 排気量の1800cc以上のそれに乗って高速道路を飛ばす時の感覚ーーブレインはそれを「ライド感」と呼ぶーーを定期的に味わずにいると、死ぬと思っているからだ。

 彼の考える広義の「ライド感」とは猛スピードを出している時の興奮、目前でめくるめく変わる景色への恍惚とした気持ち。そしていつ転倒し大怪我を負うのかという皮膚が焦げるような緊張感が混ざりあったもの。


 ヴァンパイアハンターのブレインにとっては強敵との戦いもまた、「ライド感」を味わせるのだ。定期的な狩りもまた彼の人生のスパイスには欠かせない存在でもある。だからこの仕事が続いている。


「それに、世界遺産型……?とか言ったっけ。新種の発見につながるかもだって?」


 くぅ〜、とブレインは打ち震えた。


「アドベンチャーの匂いがプンプンするじゃんかっ!」


 首元の赤いスカーフをきつく締め、漆黒のレーシングスーツに身を包むとブレインはド派手な純白のバイクにまたがった。

 上質な塗装により実現されたボディの質感。足元の安定感、ゆったりとした二人分のシートはまさに大型界のペルシュロンといっても過言ではない。


「俺の愛するハニー。東へぶっ飛ばしな!」


 ブレインはまだ見ぬスリルに心踊らせ、ハードロックを爆音で振りまきながら公道を走り始めた。

 いつだって彼には「ライド感」が欠かせない。


 次の目的地ニードルズまであと……62マイル!


☆不定期開催豆知識


 これで長く続いたアリゾナ州の旅は終わりです。

 なので豆知識も極め付けに絞り出します。

 

 まずグランド・キャニオン国立公園の気候についてです。

 夏:美しく過ごしやすい季節ではあるが峡谷内部は高温となる。高い標高と低い湿度で気温が急激に変化しやすい。また嵐による落雷が多発する。園内のシャトルバスは助けてくれないらしいので気を付けたい。

 春と秋:天候が変わりやすいこの季節は概ね乾燥しているが、雪が降ることもあり、4月下旬から5月にかけて強風が吹く。峡谷ではハイキングに丁度いい気候なので泊まりがけキャンプの許可証が取りにくくなっている。

 冬:North Rim(北の崖)への道は季節最初の大雪で閉鎖される。峡谷の景観ははっきり見えなくなるが、雪によって浮き彫りにされるその姿は忘れることのできない素晴らしさらしい。

 

 フラッグスタッフについてですが、言わずと知れたホテルグループ「ヒルトン」の一つがあります。ここには鉄板焼と寿司を提供しているダイニングがあるそうです。日本食が食べたくなったら行きたいですね。ウェブサイトによると巻き寿司や"sake bomb"を午後4時〜6時のハッピータイムに提供しているとのことでした。

 "sake bomb"……爆弾級の巨大なサーモン寿司かな、と思って検索してみたら……ありゃ、日本では見たことのないものでしたね。つか、ぜってぇ飲みにくいだろ! 気になる人は調べたら動画が出てくると思います。そのうち大学生の間で流行ってしまうかもしれません。


 ウィリアムズについてですが、ウィリアムズから出ているグランド・キャニオントレインでは冬には車内にサンタが現れたり、”Polar Express"というもの(カチコチ列車みたいな意味?)は子供に大人気だそうです。


 さて、カリフォルニア州も頑張っていきましょう。

 

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