新たなる旅路

 ウィリアムはヴェッキー達をビルの屋上へと招いた。かなり強い風が吹いており。ダウンタウンのの市庁舎や、高級ホテルなどが森林の巨木のように鬱蒼と集中している。

「しかしロサンゼルスのダウンタウンってのはやっぱりすげぇな」

 ヴェッキーたちがいる建物はその中でも最も高いビルディングの一つであり、眼下には昼食を食べに摩天楼の底を這い回る人々の姿が見えた。

「我が社のビルディングはこの通りダウンタウンの一等地だっ。なぜなら僕が高貴だから!」

「以降高貴という言葉の含まれるセリフは無視した方がいいわよ」

 ウィリアムもまた、ミリアーナの言葉に反応を示さなかった。


「始めていいぞっ」

「オーケー、じゃー行くよ!」

 そこでヴェッキーが目にしたのは、自分やマルタウスとは全く違うタイプのド派手な現象の現実態エネルゲイア化だった。

 トラノフスキーの体が緑色の閃光に包まれ、そのあまりの明るさに目が馬鹿になりそうだ。思わずヴェッキーは目をつぶった。瞼を貫通しそうなほどの光の束が徐々に和らぎ、やがて収まった。

「……」

 ゆっくりと目を開くと。そこにはトラノフスキーの姿はなかった。代わりに立っていたのは五メートルのを悠に超える巨大な人影。


「こっ、これは何なの?」

 ヴェッキーとミリアーナは一度見たことのあるものだった。

 青緑色のどっしりとしたボディ、頭の上でくるくると巻かれた螺髪、同じく青緑色の胸元の開いた着物。それはヴァンパイアハンターのブレインによって仮想世界に囚われたヴェッキー達を救った、逞しい青銅の巨人だった。

 あの時のアパートメントを見下ろすほどの大きさに比べれば、今のサイズはかなり小ぶりな大きさだったが確かにヴェッキー達をブレインから守ってくれた青銅の巨人そのものに違いなかった。

「お前、トラノフスキーなのか?」


『すごいでしょー! オイラはね、こんな風にでっかくなれるんだー』

 巨人の顔には爛々と光る双眸以外は付いていなかったが、その大きな体からは不釣り合いな軽い少年の声が聞こえてきた。

「本来ならばさらなる巨大化が可能だが、安全面を考えてのこの大きさだ」

 ウィリアムが補足した。

「そしておそらくこれは世界遺産「古都奈良の文化財」の構成遺産、東大寺をモチーフにした能力だろうっ!」

「あぁ、それなら僕も聞いたことがあるよ。確か東大寺には日本のエンペラーが昔造らせた巨大な仏像があるらしい」

 頷くマルタウス。


 再び緑閃光が放たれ、その中から能力を解除したトラノフスキーが姿を現した。この小さな体が一瞬にして巨大な青銅の像に変化する。

「すげぇよ……オレやマルタウスとは全然違う力だ。常識離れしてて実感がわかねぇが、いや、すげぇって言葉しかうかばねぇよ」

 ため息をつくしかなかった。



『いやはや、快くサインをしてくれたようで僕さんは嬉しいよ! ミリアーナん!』

 携帯電話からウィリアムの上気した声が聞こえる。

 ふんっ、と鼻を鳴らして頬杖をつくミリアーナ。

 旅の途中でいちいち寄り道をして、世界遺産型吸血鬼探しをしなければならないことは面倒だった。だが、マルチな面から自分達を支援してくれることを考えると、ここは条件を呑むのが吉だというのが三人の総意だ。

 三人は早速支給されたキャンピングカー、フォードFS31に乗り込んでみる。内装はモーターホームという言葉がお似合いの、機能的かつくつろぎを与えるものだった。可動式でベッドにもなるソファーや電子レンジ、冷蔵庫、オーブン付きのキッチンがあり、収納には親切にバーベキューキットが入っていた。


「これなら調理に困る必要はなさそうだな、食事代も心配いらねぇし。正直ここ数日のハンバーガー生活にそろそろ飽きてたんだ」

「ヴェッキーこっちに来てごらんよ!」

 マルタウスが車の後部から声をかけてくる。一番後ろには車の中にあるとは思えないふかふかのダブルベッドがあった。

「ここは僕が使わせてもらうからね! 誰にも譲らないぞ」

 大の字に寝そべったり、ゴロゴロ転がったり、マルタウスはかなり幸せそうだった。


 運転席の方へ戻ると、ミリアーナがメーターや機械系統のチェックをしていた。ラジオやオーディオプレーヤ対応のスピーカー、テレビもありエンターテイメントに関しても文句はないようだ。

 ヴェッキーはミリアーナの隣の助手席に座る。中々に質の良いシートでこれなら長時間のドライブも問題なさそうだった。


「まぁ、ダブルベッドは運転席の上にもあるんだけどね……ヴェッキー、アンタが使えば?」

「そういうおめぇは使わねぇのか?」

「寝る場所なんていくらでもあるのよ……別に運転席でも構わないわ」

 ミリアーナはそういって運転席のダッシュボードにビーフジャーキーの袋を置いた。


「というか、なんであのガキも連れてかなきゃならないのよ……」

 ヴェッキー達のいる運転席の後ろでは、トラノフスキーがテーブルに腰掛けて電子レンジが鳴るのを待っていた。

「おっ! できたできたー」

 トラノフスキーは電子レンジから熱々の冷凍ピザを取り出し、ピザカッターで切り分ける。


「ちょっと、何呑気にピザ食べてんの? 今から出発するのよ」

「ちぇ〜、いいじゃんか。それにほら、マルタウスも食べるみたいだよ」

「うんむ! これは美味そうなピザだ。ひとつ頂くとしよう!……!」

 マルタウスは食指を止めた。どうやら自分の行動がデジャヴであることに気づいたようだ。


「確かにこのピザは美味そうだ。だが……だがねしかしっ! このマルタウス同じ手は二度と食わぬ! あえて僕は食べない方向で行くからな!」

「あっそ……別にいいけど。ピザは別腹だから一人で食べきれるしね」

 少しもたじろぐ様子もなく、ピザを食べ始めるトラノフスキー。ピザにはまたしても激辛ソースが塗られていると思われたが、トラノフスキーは平気で食べている。

「こっこのマルタウス、人を疑って損をすることもまた嫌いだ! やはり食わせてもらうぞっ!」

 そしてマルタウスは又しても顔を真っ青にしてトイレに駆け込んでいった。

「いってなかったけどオイラは辛いの大得意なんだよね」


 ヴェッキーは後部座席で繰り広げられる茶番に苦笑いしつつ、地図を広げる。これからは免許を持つミリアーナが運転し、ヴェッキーがカーナビの操作や目的地への指示をした方が効率がいいだろう。

「まずはダウンタウンを北に抜けて、国道US-101に乗ろう。それで北に進めるはずだぜ」

 ロサンゼルス郡の北西部を走る国道US-101は映画の都ハリウッドや、セレブの邸宅が数多くある高級住宅地ビバリーヒルズ市の東側を通る。国道はロサンゼルス北部を東西に走るサンタモニカ山地の比較的起伏のなだらかな部分を切り開くように貫通し、山地に隔てられた北の都市へと向かっている。

 山地の北側にあるインターチェンジで国道US-170へ乗り換えると最初の目的地バーバンクがある。

「そこに最初の世界遺産型吸血鬼がいるわけね」

 実は早速ウィリアムから世界遺産型吸血鬼のタレコミを受けた。

 なんでもバーバンクの高級住宅地にひっそりと暮らす「カリフォルニアの魔女」と呼ばれる女性がおり、彼女が世界遺産型吸血鬼ではないかということだ。あまりにも出発してすぐの場所だが、それでもウィリアムは自分で行く気がしないので、直接訪ねて欲しいとのことだった。


「カリフォルニアの魔女か、一体どんな奴なんだろうな」

「このキャラバンもますますムサくなってきたから、可愛い女の子なら乗せて行きたいわね」


☆不定期開催豆知識

 BBQ(バーベキュー)という言葉は、インディオの言語、タイノ語で「木切れ」を意味する「バラビク」が、当時アメリカ大陸に進出していたスペインに伝わったのが始まりと言われています。輸入された「バラビク」という言葉は、スペインでは丸焼きを意味する「バルバコア」に変わってしまったそうです。

 大事なのは言葉通り、裸火で焼くこと。肉から滴る脂が炭に落ちることで煙が上がり、それが肉にまとわりつく。この作業を何度もすることで絶妙なスモーキーフレーバーがつくそうです。

 ちなみにエルヴィス・プレスリーの出身地として有名なテネシー州最大の都市ナッシュビルでは毎年BBQ世界大会が行われます。この地域では使われる肉は主に豚肉のようですね。

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