古都奈良の文化財

 テーブルの上に広げられた大地図を全員が覗き込む。そこはカリフォルニア州の隣の隣の隣だった。

「コロラド州?」

 ミリアーナが尋ねた。ウィリアムは満足げに頷く。


「そう、8ヶ月前に彼と思しき人物が目撃されたとの情報があった」

「情報はそれだけ?」


 ウィリアムは難しそうな顔をしたあとクリームソーダをラッパ飲みする。そしてペットボトルを空にしてしまうと、ヴェッキー達の前に別の書類を出してきた。

「今の君達に提示できる内容はここまでだ」

「どういうこと?」


 ウィリアムは顎でテーブルの上に置かれた書類を指した。それは数ページにもわたる規約だった。そこには事細かにウィリアムがこちら側に求める条件が書き出されていた。ミリアーナがそれを注意深く読む。


「僕さんは個人的にヨハンに世話になっていたからねっ、その情けでここまではミリアーナんに手を貸した。だが、ここから先はビジネスの領域だっ。僕さんがこれ以降君供の捜索に手を貸すかは、そっちの出方次第によるということだ。それに、何も悪い話ばかりじゃないはずだ」


 ヴェッキーもミリアーナの肩越しに規約の内容に目を通す。

「確かにいいこともあるな……」

 

 ウィリアムは彼らに毎月一定額の旅費を出すようだ。これで旅先の宿泊費や食費、その他の雑費に困ることはない。

 さらにウィリアムは彼らに八人まで寝泊まりできるFS31クラスの大型キャンピングカーを無料で貸してくれるようだ。しかも乗り捨て、故障、破損、紛失に対して全く自分たちの責任を問わないという。これなら宿泊費に回す金も少なくて済む。

 斯くなる上は彼らの旅における障害、警察沙汰やトラブルについて全面的な支援を約束するという。


「必要であれば偽造パスポートを作っても構わないし、護衛部隊を雇ってもいい」

「こうも都合がいいと見返りが怖くて見れねぇな」

「ちょっと、勝手にめくらないでよ。まだ読んでるんだから」


 ヴェッキーは太い指で、薄っぺらい用紙をめくった。一枚目でウィリアムが彼らに対して行うサポートの項目は終了しており、二枚目からは彼が自分たちに対して求める条件が書かれていた。


「何なの、これ?」

 以下のように書かれていた。


『その1:ミリアーナ・ベーカリーはピーコック側の許可なしに目的地を変更したり、旅を止めてはならない。


その2:ミリアーナ・ベーカリーはピーコック側から随時提示される情報を基に、旅の途中で各所にて活動する世界遺産型吸血鬼と無理のない形で接触する


その3:これらの条件に違反した場合、ミリアーナ・ベーカリーはピーコック側からの支援を一方的に打ち切られる』


 ヴェッキーはそれを見て、強い期待感を抱いた。行間を読めば、世界遺産型吸血鬼はまだまだ合衆国にいて、しかも彼らの存在をウィリアムが認識しているようだった。


「つまりは、世界遺産型吸血鬼の仲間集めをしながらヨハンを探せってことか」


「オッディーオ! ヴェッキー、それは僕達の仲間が大勢いるということなのかい⁉」

「あぁ、そうだな!」


 ヴェッキーはマルタウスと拳をぶつけ合った。

 ヨハンの捜索も大事だが、これから訪れる先々にいる世界遺産型吸血鬼のことを教えてくれることは非常に嬉しいことだった。

 というか、これはミリアーナに対しての規約だから、彼女は図らずもサインをする前に二人の世界遺産型吸血鬼と接触したことになる。


「静かにしなさい!」


 ミリアーナに制される。

「どうしてここで世界遺産型吸血鬼が出てくるのよ!」

「僕さんの出かけるピーコックグループは情報信用の傍、保険会社をやっていてねっ。僕さん自身の吸血病に苦しんだ経験から、吸血病患者のための保険プランを拡張する計画がある。そこで、様々なタイプの吸血鬼について知っておく必要があるんだよっ。そんな時っ、ここ数年の間に各地で新しいタイプ、世界遺産型の吸血鬼が見られるようになった情報を手に入れたんだ。

 だが、僕さんは高貴な人間だから自分の足でさらに情報を集めるのは御免被る。そこで君供に旅のついでに気軽に世界遺産型吸血鬼の情報収集をお願いしたいってわけだっ」


「何が高貴よ、成金のくせに!このビルだって倒産した証券会社が建てたものでしょ!」

「僕さんの起業センスが高校時代に花開いた、それだけのことさっミリアーナん!」

 その時、ヴェッキーの背後の扉が開いた。ウィリアムは待ちわびていたかのように、話を中断するとドアの前に駆け寄る。


「なーんだっ! やっぱり来てくれたんじゃないのかっトラノフ!」

「ピザだけは頂いておこうと思ってね、えっへっへ」

 白い歯を見せて笑う小柄の少年。

 忘れかけていた。

 つい数時間前にヴェッキー達が遭遇した少年、トラノフスキーだった。


「……おめぇは!」

「さっきぶりだね、おじさん」

 またもや白い歯を見せて笑うトラノフスキー。どうして彼がここにいるのか。ウィリアムの関係者なのか。


 トラノフスキーはおもむろにヴェッキー達が手をつけなかった宅配ピザの箱を開ける。そして中からゴソゴソと大きめに切られたダブルチーズピザを取り出した。

「こいつを頂きにきたのさー」

「トラノフよっ、クリームソーダはいらないのかっ?」

「いらないって言ったじゃんか、飲み物までギトギトでどうするのさ」


「ぎっ、ギトギトではないっ! 高貴と言え、ロイヤルミルクティーのようなものだっ」

 ウィリアムはクリームソーダを批判され躍起になっていたが、トラノフスキーは彼のことを少しもきにする様子はなく、黙々とピザを頬張っていた。


「どうして、おめぇがここに?ウィリアムとはどういう関係なんだ?」

 そこでようやく動揺していたヴェッキー達の様子を察し、トラノフスキーはピザを食べる手を止めた。そしてウェットティッシュで手を拭き、立ち上がる。


「オイラはねー、ウィルのところで居候になっているのさ」

「まぁ、そう言ったところだっ」

 腕を組み同意するウィリアム。


「なんでもオイラの世界遺産型吸血鬼の能力にキョーミがあるらしいけど」

「アンタ、世界遺産型吸血鬼なの?」


 そーだね、とミリアーナの質問にさらりと答えるトラノフスキー。ウィリアムが世界遺産型吸血鬼に興味を持っていると言っていたが、まさか興味本位で身寄りのない少年を預かっているというのか?


「トラノフとは日本で出会ったのだっ、つい四ヶ月前のことだが」

 ウィリアムによると、トラノフスキーを日本の都市オーサカで発見し連れ帰ったのだという。その時すでに彼は日本人の老夫婦に世話になっていたようだが、ウィリアムが里親になるというとなんの抵抗もせず引き渡してくれた、というのがウィルの話だった。


「じゃあ、アンタもどこかの世界遺産で何年もの間眠らされてたわけ?」

「そーさ、オイラはナラという都市の古い寺院の地下に埋まってた。そのことだけは、はっきり分かるんだけれど、正直それより前のことはあんまり覚えてないんだよね」

 トラノフスキーの見た目年齢が十二歳ぐらいだということを考えると、物心着いてからの記憶が少ないことも頷ける。

 ヴェッキーが老けた様子がないことから世界遺産の中で眠っている間は歳を取っていないようだから、彼が眠らされたのも同じ年齢ぐらいだということだろう。


「ということは、アンタは「古都奈良の文化財」の世界遺産ってわけね」

「かなー? よくわかんないけど。それにオイラは様々な忍術を使いこなすラストNINJAでもあるんだー!」


 トラノフスキーがローテーブルを指差す。ちょうどマルタウスがダブルチーズピザを食べようとしているところだった。

「まー見てなよ、オイラの忍法」

「いやぁ、人が食べているのを見ると腹が減ってしまうものでね! って……ふごぉ!」

 そう言ってピザを口にしたマルタウスの顔色は、いきなり赤色へと変わり、その後冷や汗をかきながら青色へと変化した。そして、ピザを加えたままカーペットに棒の如く直立したまま倒れる。


「ワッハッハ!これぞ甲賀式忍法、ハバネロデスソースの術なり〜!」

 自慢げに両手の指を胸の前で組み、忍者のポーズをしながら高らかに笑うトラノフスキー。

「オイラは目覚めた後、甲賀忍者の末裔の家に引き取られたのさ! そこで身につけたのがこの「なんちゃって忍術」! すごいでしょー!」


「ただの悪趣味なイタズラじゃねぇか……」

 そこでウィリアムが話を収束させるべく、大きく咳払いした。

「おっほん。トラノフよ、彼供に例の能力を見せてやりたまえっ。できれば開けた場所がいいっ」


「りょーかい!」

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