カリフォルニアの魔女@カリフォルニア州バーバンク
ウィリアムが指定した邸宅は閑静な住宅地の一際奥まった場所にあった。
「でけぇな」
思わずひとりごちる。
高くそびえ立つ塀は広い敷地内を大きく取り囲み、その上には有刺鉄線が張り巡らされていた。
何かから家を守るようなその障壁は、いかにこの周辺に住む住人が盗難の心配をしているかが伺えた。それにしてもやりすぎのような気もするが。
鉄の門の遥か百メートルほど先に白塗りの豪邸が構えており、L字を右に90度回転させたような本宅の手前にはよく手入れされた芝生。さらに建物の空いているスペースには小さな庭園があるようだった。
「相当な金持ちのようだ。いわゆるセレブというやつかな」
マルタウスが門を開けようとする。
「馬鹿ね、こんなでかい家の門に鍵がかかってないわけがないでしょ。インターホンを探すのよこういう時は」
「あっ開いた」
マルタウスが軽く力を入れると門は、ぎりぎりと大きな音を立てて横向きにスライドし始めた。どうやら鍵はかかっていなかったようだ。
「……」
赤面して俯くミリアーナの肩にヴェッキーがぽんと手を置いた。
「まぁ、そういうこともあるぜ」
「何なの、慰めのつもりなの? 余計惨めになるからやめて頂戴! 言っとくけどねアタシは全然悔しくなんかないわよ! 本当全っ然悔しくないから!」
若干半泣きのミリアーナをなだめながら、ヴェッキー達は敷地内へ歩みを進めた。
「どーやら、屋外に人はいないみたいだねー。でも空き家ってわけでもないじゃんか。おほっ、あまーい」
トラノフスキーが庭の畑の一角からスイカを一玉持ってきて、いきなり食べ始める。それは丸々と成長していて、よく手入れされている証拠だった。ここの住人は家庭菜園やガーデニングが趣味なのだろうか?
「おいおい、勝手に取ったら駄目だろうが」
一行はゆっくり歩いて邸宅の玄関前にたどり着いた。ヴェッキーが一番前に立ってドアベルを押した。
情報が確かであればここに住んでいるのは「カリフォルニアの魔女」と呼ばれる人物で、世界遺産型吸血鬼らしいが、一体どんな人物なのだろうか。鬼が出るか蛇が出るか、そんな気分でそわそわしながら沈黙の時間を過ごす。
その時、目前の重々しい木のドアが小さく開いた。
ドアの隙間からこちらを伺う緑色の瞳。その目線の高さでいうと百六十センチぐらいだろうか。
「おっおう、オレはヴェッキー!「カリフォルニアの魔女」を探しにきたんだが……」
「お待ちしていました!」
予想外の返答に戸惑う間も無く、ヴェッキーは細い手に腕を掴まれ家の中へと引きずり込まれた。そのまま勢い余ってリビングのソファーに頭から突っ込んでしまった。
更に仰向けの状態から体重を乗せた渾身のダイブを胸元に食らう。その衝撃に胃を絞られるような感覚を得た。
「んごっ! おい、一体何の真似——」
「ようこそいらっしゃいました! ヴェッキーさん!」
ヴェッキーの上でマウントを取っていたのは、腰まである茶色のポニーテールを垂らした可憐な少女だった。
「お前が……「カリフォルニアの魔女」か?」
「はいっ!」
屈託のない笑顔で少女は返事をした。
「私(わたくし)、シャルロッテというのですね!」
にこやかな表情でヴェッキーの上から体を密着させてくる彼女。彼女の柔らかいポニーテールの毛先が鼻に当たって、くすぐったい。というか、早くどいてほしい。
見た目からして若干十七歳ぐらいの年端もいかぬ乙女、何故彼女は魔女と呼ばれるのか。
「ちょっと、何の騒ぎ?」
ミリアーナ達がどたどたと家の中に入り込んでくる。彼らはヴェッキーと少女の体勢を見て絶句した。
しばしの沈黙が流れる。
「おい、誤解しないでくれおめぇら! これは違うんだ、セクハラじゃねぇから!」
「虚しい言い訳ね」
「正直幻滅したよ」
「スゴクヘンタイダー」
思わず頭を抱えたくなった。
「ちきしょう、おめぇのせいでオレの信用がガタ落ちじゃねぇか! さっさとどきやがれ痴女が!」
ヴェッキーが手を払い、ようやくシャルロッテはソファーから降りる。
何ということだろう、マルタウスやトラノフスキーは同性だからまだしも、ミリアーナから変質者扱いされればこの先どうやって共同生活をしていけばいいのか分からない。これまで軽率な行動は避けていたのに、こんな形で信用を失うのは酷だ。
「申し訳ないのですね。私、あまりにもヴェッキーさんに会えたことが嬉しくて。ついついヴェッキーさんのお体をぞんざいに扱ってしまいましたの! 申し訳ございません!」
すぐに茶を出すと言ってシャルロッテは吹き抜けのリビングでヴェッキー達を待たせ、どこかへ行ってしまった。
「ウィルといい、あいつといい、ロサンゼルスには騒がしい奴しかいねぇのかよ……」
改めてリビングを見渡す。ペルシャ織の巨大な絨毯の上に大理石の立派なリビングテーブルがどっしりと存在感を放っている。さらにアジアやアフリカのものらしき様々な木彫りの置物が部屋の四隅に設置されている。天井から光を落とす照明はもちろん、巨大なシャンデリアだ。
それらの雑多過ぎて逆に洗練されていないインテリア類が、何とも金を持て余したセレブ感を滲み出せていた。
「こちらラムレーズンのシフォンケーキでございます」
ヴェッキー達の前に菓子を持ってきたのはシャルロッテではなく、ハスラーという、執事服を来た黒人の初老男性だった。ハスラーは彼がシャルロッテの身の周りの世話をたった一人でやっていると説明した。これだけの広さを一人で管理しているのだから大したものだ。
「コーヒーか紅茶どちらに致しますか?」
ハスラーはヴェッキーに微笑んで来た。そこでコーヒーを頼むことにした。引いて来たワゴンのポットから入れられる香り高い高級コーヒー。同様にハスラーはミリアーナとマルタウスには紅茶を淹れる。
次はトラノフスキーの番だ。
「えー! オイラ苦いのはやだなー! 甘いのないの?」
「我が儘いってんじゃないわよ。アンタも紅茶にしなさい」
不服を唱えるトラノフスキーをぴしゃりとミリアーナが注意した。
「ヨーグルトをベースにしたインドの甘い飲み物、ラッシーをお作りいたします」
執事はなぜか持ち合わせていたヨーグルトと砂糖やレモン、ミルクを使ってその場でラッシーを作って見せた。
「すげぇぜ……」
「プロですから」
そう説明するハスラーの目には確固たる自信が見て取れた。
と、そこでシャルロッテが現れた。彼女は背中に背負った籠いっぱいに芋や野菜類を入れている。
「まぁハスラー、ここにいたのですね。今日の夕食なのですけれど、私自ら皆さんに料理を振る舞いたいのです。今そこでジャガイモを取って来たところなのですね。ハスラーは皆さんに今晩のお部屋をご案内してほしいのですね」
「承知しました」
「いや、待てよ。何勝手にオレ達が泊まる風になってるんだ?」
ウィリアムが自分達に頼んだのは、あくまで世界遺産型吸血鬼との接触。吸血鬼の家に泊まって楽しく過ごせなんて一言も聞いていない。この場所にとどまる義理はないのだ。
「そうよ。正直こうやってまったりお茶してる余裕なんてないのに」
「あれ、ご存知ないのですか?」
シャルロッテは首を傾げた、さもここに長居することが当たり前であるかのように。
「ヴェッキーさん達は私の依頼を遂行するために、ピーコックから派遣された凄腕ガードマンですよね? それでこれから泊まりがけでこの家を守ってくださるのでは?」
ヴェッキーとミリアーナは口をぱくぱくさせながらお互いを見た。その場にいる誰もがお互いのすれ違いに激しい違和感を感じ取ったのだ。
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